3兆円企業をつくるのが、僕の仕事──アンドパッドCFOに荻野泰弘が就任。窮地のミクシィを救った男の「次なる野望」

50兆円市場である建築産業を変革すべく、“建設版Slack”とも呼べる施工管理アプリ『ANDPAD』を提供するアンドパッド。COMPASSは2019年5月、同社代表取締役・稲田武夫氏にインタビューし、産業の課題や創業の経緯、成長戦略について話を伺った

 

当時1,600社だった導入社数は、2,000社を突破。70人だった社員数は、170人にまで拡大した。順調に成長を遂げているアンドパッドは、2020年5月、さらなる急成長を実現するために“次の一手”を打った──CFO・荻野泰弘氏の招聘だ。

 

マクロミルやミクシィをはじめ、複数の企業でCFOを務めた荻野氏。ミクシィでは、約10ヶ月間で時価総額を200億円から5,000億円にまで成長させた実績の持ち主だ。同社の投資担当であり、社外取締役も務めるグロービス・キャピタル・パートナーズ(以下、GCP)代表パートナーの今野穣は「日本でトップクラスの実績と実力を持つCFOだ」と絶賛する。本記事では今野が聞き手を務め、稲田・荻野の両氏に、荻野氏がジョインした背景と3兆円企業への構想を伺った。

 

(※新型コロナウイルス感染症対策のため、インタビューはオンラインで実施されました。)

(取材・構成:鷲尾 諒太郎 編集:小池 真幸

新卒デイトレーダー、30歳で初就職。1年後にはCFO就任

今野:荻野さんのジョインが決まったとき、「こんな大物が加入するなんて!」と興奮しました。数々の企業でCFOを務められてきたご経歴をお持ちですが、もとから経営やファイナンスに関心があったのでしょうか?

株式会社アンドパッド 取締役CFO・荻野泰弘氏
2005年、株式会社マクロミル入社。財務経理本部担当執行役員として、東証一部上場企業の財務全般(財務・経理・IR)に携わる。2008年、ジェイマジック株式会社入社、取締役CFO経営管理本部長に就任。2009年12月、株式会社ミクシィ入社。企業買収、合弁会社設立等、投資全般(戦略投資・純投資)の担当を経て、2011年11月、経営推進本部長に就任。2012年6月、同社取締役CFO就任。2018年4月、同社執行役員ウェルネス領域担当。2020年3月、株式会社オプトホールディング 取締役(社外/独立役員)就任(現任)。2020年4月 株式会社アンドパッド 取締役CFO就任(現任)。

荻野:大学時代から株式投資に強い関心を持っており、株式の仕組みや会社経営について、独学で勉強していました。当時は90年代の中頃で、まだインターネットも普及していなかった。国会図書館に通い、関連書籍や有価証券報告書を読み漁っていたことを覚えています。

並行して、個人トレーダーとしての活動も始めました。トレーダーは、財務や事業の状況を分析し、投資して利益を得る仕事。勉強していた会社経営の知識の実践機会として、最適だったんです。

今野:すごい大学生ですね(笑)。卒業後は、どんな進路を?

荻野:そのままトレーダーとしての活動を続けました。インターネットカフェで、一日中パソコンとにらめっこしながら取引する日々でしたね。

でも、30歳になった頃、ふと「このままでいいのかな?」と思ったことがあって。それ以降、「ビジネスの現場に出てみたい」と考えるようになったんです。

そうして2005年、投資先でもあったマクロミルに入社しました。任されたのは、企業買収に関する業務。入社半年後にはジェネラルマネージャー、1年後には執行役員CFOに任命していただきました。

今野:入社して一年でCFOを任されるなんて、普通はありえないですよね。

荻野:トレーダーとしての経験や知識が活きたのだと思います。マクロミルは2005年に東証一部上場を果たしたのですが、だんだん「より規模の小さい会社でCFOの経験を積むことで、経営者としての能力の幅を広げたい」と考えるようになって。

2008年には退職し、画像解析技術に強みを持つベンチャーのジェイマジックに、CFOとしてジョインしました。

今野:僕が荻野さんと最初にお会いしたときは、その頃でしたよね。

荻野:はい。ジェイマジック入社後は、上場に向けて順調に成長……と思いきや、リーマンショックが起こりました。大きな打撃を受け、会社存亡の危機が訪れたんです。

刻々と減っていく会社の預金残高を見ながら、従業員への給与、取引先への支払いをやり繰りする毎日。うなされて寝られない日もありました。

でも、メンバーのためにも、諦めるわけにはいかなかった。「まだなんとかなる」と信じ、必死に経営を続けていたところ、ミクシィからの買収提案が舞い込みました。

今野:そうして買収提案を受け、ミクシィにジョインされたと。当初からCFOだったのでしょうか?

荻野:いえ、初めはミクシィのベンチャー投資の戦略設計や、ジョイントベンチャー立ち上げの責任者にアサインされました。CFOに就任したのは、2012年6月のことです。ジョイン時にCFOを務められていた小泉文明さん(現・メルカリ取締役会長)直々に、打診いただいて。

当時のミクシィは、大きな苦境に立たされていました。SNS領域では、FacebookやTwitterに大きく水をあけられていましたし、ゲーム領域はディー・エヌ・エーとグリーの二強状態で、入り込む余地がなかった。上場以来初の赤字に、刻一刻と向かっている状況でしたね。500人ほどの従業員を抱えていたのですが、CFO就任時は、「両翼のエンジンから煙が上がっている、500人乗りのジャンボジェット機のコックピットに座らされた」感覚でした(笑)。

株式会社グロービス・キャピタル・パートナーズ 代表パートナー・今野穣
経営コンサルティング会社(アーサーアンダーセン、現PwC)にて、プロジェクトマネジャーとして、中期経営計画策定・PMI(Post Merger Integration)・営業オペレーション改革などのコンサルティング業務を経て、2006年7月グロービス・キャピタル・パートナーズ入社。2012年7月同社パートナー就任。2013年1月同社パートナーおよび最高執行責任者(COO)就任。2019年1月同社代表パートナー就任、現在に至る。東京大学法学部卒。

今野:断ろうとは思わなかったのですか?

荻野:もちろん、即決はできませんでした。奇跡でも起こらない限り、逆転はあり得ないような状況でしたから。でも、ジェイマジックでリーマンショックを切り抜けたことを思い返すと、自然と自信が湧いてきました。「あの状況をかいくぐれたのだから、今回もなんとかできる」と思えたんです。

“墜落寸前”のミクシィを復活させ、5,000億円企業に導く

荻野:ただ、腹をくくったはいいものの、2013年11月の決算では、ついに赤字に突入。時価総額も200億円まで落ち込みました。

起死回生を図るため、ほぼ全ての事業を売却し、ネイティブアプリ開発にリソースを集中させました。そうして生み出されたのが、ゲームアプリ『モンスターストライク』です。これが大ヒットし、ミクシィは息を吹き返した。約10ヶ月で、時価総額は約5,000億円に到達しました

今野:荻野さんがCFOに就任されてから、調達額が1,000億円を超えたというニュースを見て、「これはすごい」とランチに誘わせていただいたことがありました。そのときのお話が、とても印象に残っていて。

荻野さんは、3年以内にミクシィを1兆円企業に成長させようとしていたんです。「スマートニュースやメルカリのような成長ベンチャーを買収していきたいから、今野さんにも力を貸してほしい」と言われたことを、よく覚えています。「自社サービスを伸ばせば、時価総額7,000億円までは到達できる。でも、残り3,000億円の価値を生み出すためには、1,000億円ほど使って他の会社や事業を買収し、さらに伸ばしていく必要がある」と。「この人、本気なんだな」と伝わってきました。

そして荻野さんの功績は、時価総額を上げたことだけではないと思っています。ミクシィのCFOを務められている間に、資本比率も大きく変わりましたよね?

荻野:はい。着任当初は、資本比率の95%を国内資本が占めていました。でも、グローバル展開を進めていくためには海外資本を取り込む必要があると思い、4年間で海外資本比率を40%まで引き上げたんです。

楽天やサイバーエージェントは、10年ほどかけて、海外資本比率を20%にまで高めたと言われています。4年で40%まで高めるのは大変でしたが、なんとか達成できました。

今野:アメリカの機関投資家向けの雑誌『International Investor』が発表している「All-Japan Executive Team rankings」で、「BEST CFO」に選出されたのもこの時期ですよね。このランキングは、世界中の投資家の投票によって決まるもの。荻野さんの功績は、世界的に認められていると言えるでしょう。

世界で勝つ会社に必要な、“2つの条件”

今野:ミクシィでのご活躍を経て、この度アンドパッドにジョインされたのはなぜでしょう?

荻野:世界で勝てる会社をつくることに、挑戦したかったからです。僕がこれまでの経験から導き出した仮説では、世界で勝てる会社になるには、「カテゴリーリーダーになれること」「プラットフォームになれること」の二つの要素が必要だと思っています。アンドパッドには、その両方が備わっていると考えました。

今野:なぜ、その二要素が必要なのでしょう?

荻野:まず、投資家たちはカテゴリーリーダーが好きなんです。世界中の機関投資家たちと話していくなかで、あるカテゴリーにおいて、競合の追随を許さないくらい圧倒的な力を持っている会社が好まれると知りました。日本でいえば、エムスリーやZOZOが代表例です。そのポジションを得られれば、投資家たちは安心し、中長期にわたって投資をしてくれる。安定的に資金を得られることは、世界に打って出るための必要条件です。

でも、それだけでは、最大でも1兆円企業にしかなれません。数兆円規模の企業に成長するためには、「プラットフォームになること」も必要です。ミクシィ在籍時に、FacebookやGoogleといった世界中のプラットフォームを分析していた時期がありました。他社を弾き飛ばすのではなく、そのプラットフォームに参加してくれるすべての企業が価値を発揮し、利益を享受できる仕組みを作る。そうして価値を提供する対象を拡大することで、企業価値を大きく高められると知ったんです。

今野:アンドパッドのどういった点に、「カテゴリーリーダー」「プラットフォーム」のポテンシャルを見出されたのですか?

荻野:『ANDPAD』は、施工や建築物に関する、ありとあらゆるデータ残せるサービスです。そのデータをもとに自社で新たなサービスをつくることも、豊富なユーザーデータを持つプラットフォームとしての役割を果たすこともできる。そうすれば、建築業界のカテゴリーリーダーとして、業界にとって必要不可欠な会社になれます。

アンドパッドが3兆円企業を目指せる理由

荻野:でも、それだけではありません。アンドパッドは、世界で唯一の「文化のプラットフォーム」になれると思ったんですよ。

今野:どういった意味でしょう?

荻野:建築物にまつわる情報を残すことで、人類の文化発展に寄与するということです。ミクシィ退職後、「さまざまな文化を見たい」と思って世界中を放浪し、「世界文化遺産」を巡っていました。その時、気づいたんです──世界文化遺産の多くが、建築物だと。

建築物は、文化の重要な構成要素なんです。たとえば、ピラミッドの建築過程やサグラダ・ファミリアの建築計画について、正確な情報が残っていれば、文化的にとても価値があるはずです。『ANDPAD』は、こうした情報を後世に伝える、世界唯一の「文化のプラットフォーム」になれると思いました。唯一無二の価値を提供できる会社になれれば、3兆円企業も夢ではないはずです。

株式会社アンドパッド 代表取締役社長・稲田武夫氏
2008年慶應義塾大学経済学部 卒業。2008年4月、株式会社リクルートに入社。人事部を経て、ネットビジネス推進室にて、新規事業開発プロデューサー(事業責任者)に従事。2014年4月に株式会社オクト(現:株式会社アンドパッド)を設立。施工管理アプリ「ANDPAD」(アンドパッド)をリリースし、導入企業社数2,000社を超えるシェアナンバーワンのサービスに育てる。

稲田:最初に荻野さんとお会いしたとき、アンドパッドについて一通りお話しした後に、荻野さんから「僕は3兆円を目指せる企業でしかCFOをするつもりはないんです」と言われました。

「正直、3兆円はまだ見えませんね」と答えたのですが、「いや、可能性は十分にある」と、今お話しいただいた理由を力強く説明してくれて。そこから足元の課題や、現在取り組んでいる施策などはすっ飛ばし、「どんなサービスにしていくべきか」「建築業界をどう変えていくべきか」といった、スケールの大きい議論を交わしました。初対面だとは思えないほど、会話のペースが速かったのを覚えています。その日中に、取締役COOの堀井浩平に「初対面なのに、アンドパッドのビジョンについての議論がびっくりするほど盛り上がった人と出会ったよ!」と話していましたね。

ただ、その面談では荻野さんのこれまでのお仕事の話はあまり伺わなかったので、CFOとしての実績や経験は把握しきれていなかったんですよね。そこで、「そういえば今野さんなら知っているかも?」と思い、「荻野さんという方が来てくれたのですが、ご存知ですか?」と相談しました。すると、「知っているも何も、すごい人だよ!」と言われて(笑)。

その後も、荻野さんとはチャットで議論を重ねました。グローバルのベンチャー状況調査もしてくれて。荻野さんの中で も、ビジョン達成までのロードマップをリサーチしていたんだと思います(笑)。

今野:正式にオファーさせていただくため、3人で会食したときの荻野さんの言葉も、印象に残っています。「アンドパッドは何もしなくても5,000億円企業になるが、僕の仕事はそれを3兆円にすることだ」と。痺れましたね。

ファイナンススキルだけでは、良いCFOにはなれない

今野:実は、荻野さんとお会いする1年ほど前に、CFO採用に向けて動いていた時期がありました。内定を出す直前だった方もいたのですが、稲田さんはストップをかけられた。

稲田:CFOに何を求めるのか、僕の中で腹落ちしきれなかったんです。アンドパッドが建築業界にとって不可欠な存在となるために、CFOが必要なことは明らかでした。とても優秀な方々と出会い、CFOご経験者や投資銀行出身で、資本市場に対して高い解像度でロードマップを描いてくださった方もいました。

でも、どうしてもお互いにご縁が持てなかったんですよね。自分の中でCFOに何を求めるのかが、ぶれていたのだと思います。このままでは確信を持って判断できないと思い、採用活動をストップする決断を下したんです。

今野:荻野さんの採用を決めたということは、CFOに求めるものが明確になったのでしょうか?

稲田:おっしゃる通りです。欲張りなのですが、事業や業界に対する長期的な展望と、産業変革に対する強い“覚悟”を持っていることが、最も大切だと気づきました。月並みですが、CFOはプロフェッショナルであるだけでなく、「経営者」であるべきだと思い至ったんです。お互い背中を預けて、マラソンのように経営をしていくわけですから。

さらに荻野さんは、「この人と一緒に働きたい」と相手に思わせる人間的魅力がありました。アンドパッドのメンバー全員が、受け入れてくれるイメージが湧いたんです。

今野:CFOは、「F(ファイナンス)」の高い専門性を持っている、独立した“特殊部隊”のようなイメージを抱かれがちです。もちろん、ファイナンスのスキルもCFOに必要な素養ではありますが、それ以前に「この会社の経営陣として適正なのか?」のジャッジが最も大切だと思います。

CxOの「C(Chief)」、すなわち経営陣であることが最重要。CxOの「x」は、役割にすぎません。

荻野:僕も同意見です。創業者と同じ熱量でミッション達成を目指せる経営陣を集めることが、何よりも大事です。財務スキルなんて些細な問題。まずは仲間集めそのものに注力し、その中でファイナンスが得意な人が「CFO」と名乗るだけの話だと思っています。

業界の危機だからこそ、存在意義を試されている

今野:最後に、アンドパッドが3兆円企業を目指すにあたって、今後取り組んでいくことを教えてください。

荻野:繰り返しになりますが、まずは建築業界におけるカテゴリーリーダーを目指します。建築に携わるすべての方々に「明日なくなったら困る」と思ってもらえるようなサービスをつくり上げていきたいです。

荻野:業界を変えるためには、「SaaSの会社」に留まっていてはいけない。僕たちが今やらなければいけないのは、プラットフォーマーへの足がかりをつくることです。

たとえばカンファレンスを開いて、アンドパッドが目指す世界観を伝え、構想しているエコシステムに参加してくれる企業を1社でも増やす。ユーザーや同業他社も含めた建築業界のみなさんに「アンドパッドは業界の非連続的な効率化を実現するから、信じてついてきてほしい」と、どんどん発信していきたいですね。

稲田:業界全体に価値を提供していけるサービスでありたいんです。そのためには、まず業界全体のIT投資額を増やさなくてはなりません。建築業界の売上に対するIT投資比率は、全産業平均を下回っています。恒常的な問題である人不足を補うためには、ITの力が不可欠です。

そして、コロナ禍の影響も考える必要があります。多くの建築現場の作業がストップしており、先行きも不透明な状況下、僕たちは何をすべきなのか。議論を重ねているところです。業界が危機に瀕しているときに我々が何もできなかったら、会社としての存在価値が低いことを意味してしまいますから。

デジタルシフトを加速させるチャンスでもある今、アンドパッドが担うべき役割は大きい。逆境ではありますが、大きく産業に貢献できるタイミングだとも思っています。

今野:危機的な状況だからこそ、業界や社会にとって、真に必要なプロダクトしか生き残れない。アンドパッドに限らず、すべてのベンチャーが試されています。この機会にしっかりとプロダクトを磨き込んだ会社は、コロナ禍が終わった後も、大きく成長していくでしょうね。

構想を実現するために、どんな人に仲間になってほしいですか?

荻野:「ピンチをチャンスにできる人」です。僕自身、あらゆるピンチをチャンスに変え、ステップアップしてきました。誰も経験したことのないようなHARD THINGSでも、チャンスに変えられるほどの強い意志を持って、一緒に会社をさせていく気概がある人に仲間になってほしいです。

稲田:建築業界の未来を変えていく覚悟を持った人にお会いしたいです。日本のインフラを支えるこの産業は、まさに過渡期にあり、行政も動きを活発化させています。

建築業界のデジタル化にむけて、未来の一端を担いたいと、本気で思っています。気概を持って大きなチャレンジがしたいという想いを持った人に、ぜひお会いしたいです。