なぜGCPは「既存産業の変革」に注目するのか? ラクスル、オクト、キャディが語る、デジタルトランスフォーメーション時代の勝ち筋

歴史上、新技術の誕生に伴い、あらゆる産業は再構築されてきた。テクノロジーの導入によるレガシー産業の変革へと挑むスタートアップが勃興する今、“産業変革”はVCにとって無視できない、魅力的な投資領域のひとつと言える。

2019年6月、グロービズ・キャピタル・パートナーズ(以下GCP)は、「デジタルトランスフォーメーション ~次の時代を創る、業界変革の実践知~」を開催。

登壇したのは、印刷・物流業界を起点にデジタル化が進んでいない産業でのイノベーション創出を目論むラクスル松本恭攝氏、建設業界の生産性向上に挑むオクト稲田武夫氏、見積もりの自動化によって製造業界の変革を目指すキャディ加藤勇志郎氏だ。

前編では、モデレーターを務めるGCP湯浅エムレ秀和の「“二つの革命”の最中にいるからこそ、既存の産業変革に注目すべき」という指摘を皮切りに、3社のビジネスモデルを代表自ら徹底解説。時代の最前線で挑戦を続ける当事者しか知り得ない、リアルな課題意識と重厚な実践知をお届けする。

(構成:ハッスル栗村 編集:岡島たくみ

“端境期”は投資家にとっての好機。なぜGCPは今、既存産業の変革に注目するのか

日本初の本格的ハンズオン型VCとして設立された1996年から今日に至るまで、GCPは累計100社以上に投資を行ってきた。2016年に立ち上がった5号ファンドからはキャディ、今年3月に立ち上がった6号ファンドからはオクトにも投資を実行している。

GCPの歴史を紐解いていく上で、1980年代に始まった「第三次産業革命」の存在を無視することはできない。

18世紀後半には「第一次産業革命」が、19世紀後半には「第二次産業革命」が、生活者の日常を一変させた。そして、「IT革命」とも呼ばれる「第三次産業革命」もまた、インターネットの普及や、スマートフォンの誕生などによって、私たちの生活に大きな変化をもたらした。

そして2015年頃から、AIやブロックチェーンといった新たなテクノロジーの発達による「第四次産業革命」が進行している。社会を取り巻く現状について、湯浅は「二つの革命の真っ只中にある」と話す。

湯浅エムレ秀和
GCPディレクター。主に産業変革を目指す国内ITスタートアップへ投資。トラックレコードにはGLM(香港上場企業による買収)が含まれ、現在はセンシンロボティクス、MFS、Global Mobility Service、New Standard、フォトシンスの社外取締役に就任、同じく投資先であるShippo、CADDiを担当。グロービス経営大学院(MBA)講師。ハーバードビジネススクール卒(MBA)、オハイオ州立大学ビジネス学部卒(優秀賞)。

湯浅:ITの進化もまだまだ続いている一方で、AIやブロックチェーンといった新技術が目立ち始めている現代を、第3次産業革命と第4次産業革命の端境期だと捉えています。

VCは、常に新たなテクノロジーに投資しているイメージがあるかもしれませんが、広く普及したテクノロジーを活かした産業変革も、大きな投資テーマのひとつです。2019年4月に設立した6号ファンドにおいては、スマートフォンやクラウドサービスなどのコモディティ化した技術を用いて「既存産業の変革」を試みる事業に対しても、積極的に投資を行っていきたいと考えています。

コモディティ化した技術があらゆる産業に浸透し、新たなテクノロジーが勃興する現代。不動産におけるリアルエステートテックや、教育産業におけるエドテックなどの代表例に言及しつつ、湯浅は「産業変革のモデルは、大きく二つに分けられる」と話す。 

湯浅:一つは「ビジネスモデルの変革」、もう一つは「既存コスト構造の圧倒的改善」です。前者の例として挙げられるのがAirbnb。これまで、ホテル事業を運営するには、建物を含む全資産を手元に持つ必要がありました。しかし、Airbnbは宿泊施設そのものではなく、ホストと宿泊者をつなぎ合わせるための「プラットフォームだけ」をオンライン上で提供するビジネスモデルを構築しています。

一方、後者の例については、定型作業をソフトウェア型のロボットが代行し、人件費や管理費を削減する「RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)」などが挙げられます。自動化による圧倒的なコスト削減を掲げるサービスは、今後も様々な領域で登場すると見て間違いありません。

大企業依存からの脱却で、B2B産業は生まれ変わる。中小企業の可能性を解き放つ、ラクスルの「シェアリングプラットフォーム」

2018年5月に東証マザーズへの上場を果たしたラクスル。コーポレートサイトを開くと同時に目に入るビジョン「仕組みを変えれば、世界はもっと良くなる」は、松本氏がラクスル初日に打ち立てて以降、変わらず掲げてきたものだ。同社は印刷の「ラクスル」と物流の「ハコベル」、2つのシェアリングプラットフォームを展開し、既存産業における仕組みの変革へと挑む。

松本恭攝氏
ラクスル株式会社代表取締役社長CEO。慶應義塾大学商学部卒。新卒でA.T.カーニーに入社したのち、2009年9月にラクスル株式会社を設立。印刷・広告のシェアリングプラットフォーム「ラクスル」に加え、物流のシェアリングプラットフォーム「ハコベル」を展開する。

松本:20世紀に繁栄した産業は、基本的に事業の垂直統合によって生み出されました。たとえば大手の印刷・物流会社であれば、銀行から借り入れた資金でたくさんのアセットを買い、オペレーターとセールスを数千人〜数万人雇い、人海戦術で販売していく。大きな製造のキャパシティができあがると、会社の認知度はぐんぐん上昇するので、セールス側の販売量も増えていきます。その結果、自社のキャパシティよりも何倍も多く受注して、それを下請けに投げていく、大手中心の「下請け産業構造」ができあがるのです。

大日本印刷凸版印刷の大手二社は、それぞれ売上が約1.4兆円。物流においても、ヤマトが1.6兆円、佐川が0.9兆円ほどの売上がありますが、そのうち外注比率が大多数を占める言われています。これは、大手1社ごとに大規模の下請け構造ができていて、そこには何万もの会社が含まれているということなんです。B2B産業においては、この構造が数多く見受けられます。

しかし、こうした“ピラミッド型”の産業構造には、致命的な欠点がある。この構造が巨大化すればするほど、付加価値のない取引コストばかりが積み上がり、多くの無駄が生じてしまうことだ。

ラクスルは印刷や広告、物流の領域に置いて、B2B産業にはびこる多重下請け構造の改善に挑む。リソースが潤沢とは言えない中小企業を「シェアリングプラットフォーム」でつなぎ、仮想的に巨大な一つの印刷会社や広告代理店、運送会社をつくり上げる。そして、そのキャパシティを直接顧客へと提供することで、付加価値のない取引コストをなくし、需要と供給を効率よく結びつけているのだ。

松本:B2B産業における大企業の競争優位性は、「品質」、「供給」、「信用」の3点における「保証」に分けることができます。そしてこれらは、「シェアリングプラットフォーム」によって、代替可能なんです。

中小企業をインターネットでつなぎ合わせ、仮想的に巨大な一つの会社をつくることで、従来発生していた付加価値のない取引コストを縮小させることができます。中小企業は、大企業に依存することなく、生産性を高めることができ、収益が一気に改善していく。今現在は印刷業、広告業、物流業の3つの領域へ取り組んでいますが、中長期的にはより多くの産業で、プラットフォームサービスによる産業変革に挑みたいと考えています。 

導入企業は5年で1,600社超え。建設産業の負を解消し、職人の背中を押す「ANDPAD(アンドパッド)」

2014年4月に設立されたオクト。創業から約5年を迎えた2019年には、シリーズBラウンドにてGCP6号ファンドなどを引受先とする、総額約20億円の資金調達を実施した。

メイン事業の「ANDPAD」は、建設現場の業務効率化に特化した施工管理サービスだ。現場情報・経理情報の一元管理機能やチャット機能などを、スマホアプリとして提供。現場監督の長時間に及ぶ移動や、ファックスや電話の利用によってかさむコミュニケーションコストなどのペインを解消し、産業課題である人手不足と長時間労働の解決を目指す。ローンチから約3年が経過した現在、ANDPADは約1,600の企業に導入されている。

稲田武夫氏
株式会社オクト代表取締役。慶應義塾大学を卒業後、新卒でリクルートに入社。人事業務を経験したのち、新規事業推進室で新規事業開発に従事。2014年4月に株式会社オクトを設立し、代表取締役に就任。

稲田:建設業の労働現場では、ファックスや電話、紙でのやりとりが当然とされていて、それをベースとしたアナログな管理業務に忙殺される現場監督は少なくありません。報告業務はかなりの数だし、どうしても人為的なミスが多発してしまう。

さらに経営面においても課題は山積みです。たとえば、工事が終わってみたら開始のときと比較して原価が上がってしまっていたり、工期が延びて職人への支払いが増えてしまったりなど、粗利が減ってしまうリスクが多々あります。そもそも、元から粗利が高いビジネスでもありません。業界全体が直面する課題を、テクノロジーの導入によって解決すべく、「ANDPAD」を開発しました。

2014年に起業した当時、稲田氏が大きく興味を抱いていたのは住宅産業だった。リフォーム/修理特化型口コミサイト「みんなのリフォーム」を立ち上げ、様々なリフォーム会社とつながりができると、次第に現場監督と関わる回数も増えていった。現場で奮闘する監督たちとやり取りをするなかで見えてきたのは、稲田氏の想像をはるかに上回る激務の数々。その過酷さを解決したいという意志が、「ANDPAD」の開発へと結びついた。

2025年には、約90万人の人出不足に陥るといわれている、国内建設産業。建設業務の主導者は、55歳以上が30%以上を占める一方、20代はわずか11%。大工の数もおよそ30万人、うち10代は2000人ほどと言われており、建設産業全体における高齢化は、他の産業に比べても速いペースで進行している。人手不足を補う観点からも、テクノロジーによる生産性向上は、建設産業全体にとって急務なのだ。

オクトは、月に70回以上の説明会を開催するなど、アナログな業界において「ANDPAD」を活用してもらうための取り組みに力を注ぐ。さらに、オクトは並行して、さらなるサービスの拡充にも着手している。

稲田:施工プロセスや品質全体の管理だけでなく、原価の管理から受発注の効率化まで、建設会社の業務フローを包括的に支える機能の追加を進めています。建設現場を通じて、良い仕事をする人やチームが、良い待遇を得られる社会を創造したいと考えているんです。

関連記事:業界未経験者が手がける“建設版Slack”は、日本の福音となるか。50兆円市場でユニコーンを目指す、「ANDPAD」の挑戦

“100年続くペイン”を解決する、金属加工の雄「CADDi」。見積りの自動化で、メーカーと町工場をつなぐ

「モノづくり産業のポテンシャルを解放する」をミッションに掲げ、180兆円規模とも言われる製造業界の変革へと挑むキャディ。同社が展開する「CADDi」は、発注側のメーカーと受注側の町工場を自動見積りのテクノロジーによってつなぐサービスだ。

キャディが最も注力するのは、大型輸送機器、産業機械、建設機械などに代表される「多品種少量生産」領域。なかでも「板金加工」と「切削加工」のカテゴリーでのコストダウンに着眼し、合わせて5兆円ほどのマーケットでサービスを展開している。

多くの人にとって馴染みがない「板金加工品」だが、電車一車両あたりにおよそ一万点も使用されており、生活者にとって必要不可欠な製品だ。たとえば電車を製造する際、一つひとつの部品は少量しか使わないが、膨大な種類の部品が必要なため、担当者は見積り手配だけで忙殺されてしまう。

一方で、日本には多くの町工場があり、その数は板金だけで2万社以上。うち8割以上が9人以下の零細企業であり、見積りを捌ききるだけでもかなりの労力が必要だ。何より、それほどの時間をかけた見積りをしても、実際に仕事に結びつくのは2〜3割程度だけである。

加藤勇志郎氏
キャディ株式会社代表取締役。東京大学卒業後、マッキンゼーアンドカンパニーに新卒入社。2年後に同社史上最年少でマネージャーに就任。マッキンゼーでは、大手製造メーカー15社程度の資材調達改革に従事した。そのなかで同分野への課題意識が生まれ、2017年末にキャディ株式会社を創業。

加藤: メーカーは1日400点の部品を購入することもざらで、まとめて近くの会社に依頼するしか、コストを下げる手段がありません。一方で町工場では、受注率が低いにも関わらず、多くの場合、社長や専務が一日の半分以上の時間を費やして見積り業務と格闘している。その結果、この30年で日本の町工場の半数が潰れてしまったとも言われています。さらに、残った半分の会社の73%が赤字を抱えていて、業界としてかなり危機的な状況なんです。

そこで、キャディがそれぞれの町工場が持つ“ポテンシャルを解放”するために提供するのが、品質・納期・価格が最も適合する町工場とつなぐ製造業の受発注プラットフォーム「CADDi」だ。発注者の図面データをリアルタイムに解析し、通常1〜2週間かかる見積もりを瞬時に出すことができる。全国の町工場の製造原価を計算し、最適な工場にそれぞれの製品を振り分けて、「CADDi」が検品梱包・納品まで行う。

創業から1年半ながらも、ユーザー社数は順調に増加。現在受発注をコアに事業を展開するキャディは、今後さらに幅を広げ、製造業のサプライチェーン全体の課題解決を志向する。そのひとつが、町工場に対するファイナンス面からの支援だ。

加藤:町工場は、発注を受けてから色々材料を買うわけですが、資材調達を終えて商品をつくり、納品して自社に入金が行われるまで、半年くらいの期間がかかることもあります。資金繰りが難しくなることが少なくないなか、キャディが町工場の与信を最も分かっているプラットフォームになれば、銀行も町工場に投資しやすくなります。そうやって、サプライチェーン全体を支えるインフラをつくりながら、グローバル規模での事業拡大にも挑戦していこうと考えています。

前編では日本社会における産業の現在地と、3社それぞれの具体的取り組みをお届けした。後編では、3社がサービスを立ち上げるまでの軌跡から、事業開発の再現性を高める「ガイダンス・ベースの経営」、スキルセットよりもカルチャーマッチを重視する3社の採用戦略までをお届けする。


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