【ラクスル×オクト×キャディ】産業構造を創り変え、10年先の日本を支える。気鋭の3社が明かす、サービスの軌跡と展望

歴史上、新技術の誕生に伴い、あらゆる産業は再構築されてきた。テクノロジーの導入によるレガシー産業の変革へと挑むスタートアップが勃興する今、“産業変革”はVCにとって無視できない、魅力的な投資領域のひとつと言える。

2019年6月、グロービズ・キャピタル・パートナーズ(以下GCP)は、「デジタルトランスフォーメーション ~次の時代を創る、業界変革の実践知~」を開催。

登壇したのは、印刷・物流業界を起点にデジタル化が進んでいない産業でのイノベーション創出を目論むラクスル松本恭攝氏、建設業界の生産性向上に挑むオクト稲田武夫氏、見積もりの自動化によって製造業界の変革を目指すキャディ加藤勇志郎氏だ。

後編では、3社がサービスを立ち上げるまでの軌跡から、事業開発の再現性を高める「ガイダンス・ベースの経営」、スキルセットよりもカルチャーマッチを重視する3社の採用戦略までが明かされた。

(前編はこちら

(構成:ハッスル栗村 編集:岡島たくみ

「カスタマー」と「サプライヤー」、どちらから攻める?サービス立ち上げの要諦

ーー松本さんと加藤さんは、「カスタマー」と「サプライヤー」をつなぐプラットフォーム事業を展開していますが、サービス立ち上げの際は、どちら側からアプローチしていったのでしょうか?

松本恭攝氏
ラクスル株式会社代表取締役社長CEO。慶應義塾大学商学部卒。新卒でA.T.カーニーに入社したのち、2009年9月にラクスル株式会社を設立。印刷・広告のシェアリングプラットフォーム「ラクスル」に加え、物流のシェアリングプラットフォーム「ハコベル」を展開する。

松本:サービスによって異なります。「ラクスル」の場合は、サプライヤーである印刷会社からでした。初期の段階でマーケットに刺さる値段を出してくれるサプライヤーに参加してもらえことが大きかったです

一方「ハコベル」の場合は逆で、カスタマーである荷主会社から攻めていきました。仕事をいかに探してくるかが鍵だったので、もともとつながりがあった企業や「ラクスル」 を通じてで知り合ったお客様など、直接誘えるところに参加してもらいました。運送会社にも「ハコベルには仕事があるらしい」といった口コミが徐々に広がっていき、認知されていきましたね。

ーーどちらからいくか決めるとき、何が判断材料になるのでしょうか?

松本:需要と供給のどちらが大きいかに目をつけています。

印刷業界は、需要よりも供給のほうが圧倒的に大きいです。需要をアクティブにするための最大の要素が「価格」であり、「価格」を需要に響くものにしていくためのセンターピンが供給側にあると考え、そちらから攻めていきました。

対して物流業界の場合、供給が限定されている一方、需要は増えている状況です。物流はバリューチェーンの肝であり、「新参者には、おいそれと任せられない」といった声も多く、サプライヤーにアプローチしていくのは困難だったため、カスタマーである運送会社をまず攻めることにしたんです。

ーーキャディの場合はいかがですか?

加藤勇志郎氏
キャディ株式会社代表取締役。東京大学卒業後、マッキンゼーアンドカンパニーに新卒入社。2年後に同社史上最年少でマネージャーに就任。マッキンゼーでは、大手製造メーカー15社程度の資材調達改革に従事した。そのなかで同分野への課題意識が生まれ、2017年末にキャディ株式会社を創業。

加藤:明確に供給側、つまり町工場側からでしたね。町工場の場合、100社を比べるだけでも、価格ギャップが19倍ほど出てきます。300以上カテゴリーがあるなかで、それぞれに独自の強みを持つ町工場が存在しているため、基本的にはどんな案件でも、「強みにあった町工場への最適な発注」さえできれば問題なく捌き切ることができます。なので、まずはその最適な発注をする仕組みをつくるところが肝だと、最初からかなり意識していましたね。

私は、突破口は2つあると考えています。一つは魅力的な案件を大手から取ってきて、自分たちの価値を認めてもらうこと。もう一つは、適切な町工場に直接アプローチして、より良い品質と価格でつくってもらうこと。キャディはその両方をやっています。

最初の案件は、サプライヤーが一切いない状態で大手企業から取ってきたものでした。そのときは、自分で車に乗ってサプライヤーを20社探しに行ったりしましたね。

ーー一般的なネットサービスは、デジタルマーケティングを活用して拡大していくのが定石だと思います。しかし、そもそもITに慣れていない業界において、どういったアプローチで顧客開拓をしていったのでしょうか?

加藤:8〜9割がウェブ経由です。なかでも多いのがリスティング広告ですね。「板金」に関しては、1〜2年に一回だけ検索する人たちが一定数います。そこで流入する顧客が十分な数であり、大体の場合が「この板金加工ができる会社をすぐに見つけたい」といった緊急度が高い案件で、顧客獲得につながりやすいんです。

あとは展示会もやっており、一定の効果を出しています。リードも得られますし、ある程度大きなメーカーにもリーチできるので、中長期的に業界内でブランドを確立していきたい意図から、継続していくつもりです。

稲田武夫氏
株式会社オクト代表取締役。慶應義塾大学を卒業後、新卒でリクルートに入社。人事業務を経験したのち、新規事業推進室で新規事業開発に従事。2014年4月に株式会社オクトを設立し、代表取締役に就任。

稲田:私たちの場合は、元請けに対してアプローチすることを意識していました。すると、その会社に出入りする他の業者も「ANDPAD」のことを知り、その業者が元請けになるときに導入してくれる可能性が出てくる。そこで肝となるのは、プロダクトの使い勝手です。現場で使っていただいて、「これ良いね!」となるかどうかが、大きな分かれ目だと思っています。

ラクスルは「ガイダンス・ベースの経営」によって次なるリーダーを育て、事業開発の再現性を高める

ーー松本さんにお伺いしたいのですが、事業規模が拡大し、社員数も増えていくなかで、常に挑戦し続けるイノベーティブな組織であるために、社長として何を意識されていますか?

松本:ひとつはカルチャーの統一です。この先新しい業界に参入したとしても、全員が「仕組みを変えれば、世界はもっとよくなる」というビジョンに共感しており、新しい仕組みをつくることこそがモチベーションの源泉になっている状態は、常に保ちたい。そのためのエントリーマネージメントを事業部単位で行っていますし、カルチャーを維持するための評価制度もあります。

一方で、それぞれのサービスごとにミッションは異なります。業界によって解決すべき問題は異なるので、事業部ごとに自由にミッションを策定できるほうが良いんです。

ーーたしかに、会社のビジョンに紐付くミッションを、各事業部が自立的に構築できる組織づくりは大切ですよね。

松本:あとは、「5年間継続して、売上総利益成長30%を成し遂げるビジネスモデルをつくり上げてください」、「どれだけ採用しても良いけれど、売上総利益を人数で割ったときに、1人あたりの総利益が毎年20%向上するようにしてください」といった事業経営の“型”づくりですね。これをラクスルでは「ガイダンス・ベースの経営」と呼んでいます。事業アイデアは現場に任せていますが、そこに対してガバナンスの仕組みを考えるのは、社長の仕事です。

ーー一方で、新しいアイデアを出していくのも重要な仕事ではないかと思うのですが、いかがでしょうか?

松本:そうですね。ただ、ファウンダーとして新しい事業をつくることと、経営者として事業を成長させていくのは、まったく別のケイパビリティだと思っています。

ファウンダーとしてやっていることとしては、毎週金曜日に一切ミーティングを入れず、極力人と会わないようにしているんです。自分だけの時間をつくって、色々な経験をしたりするようにしています。

問題解決に追われているときは、あまり良いアイデアが湧いてこないんです。時間を使ってインプットしていくなかで、特定の領域に対して解像度が高まった瞬間に、ふっとアイデアが降ってくることがほとんどなので。

ーー既存事業は型化して、ケイパビリティを費やす割合を減らしていき、リソースを0→1の事業開発に使えるようにすると。

松本:はい。0→1の文脈で話すと、私の最も重要な仕事のひとつは「リーダーシップの育成」です。私がジャッジせずとも、すべてをジャッジできるリーダーを育てる。そのために必要なのは、何よりも環境を提供することだと考えています。

社長になると、人は一気に成長速度が上がります。それは多くのものを背負いながら、多様な経験を積み重ねていくからです。社長と同じものを背負い、同じ経験を積んだリーダー人材は、必ず大きな成長を遂げていきます。だから、リーダー人材は事業開発だけでなく、採用や資本政策を見るし、投資家とのミーティングにも出席するし、ストックオプション制度も考える。

「これは経営者の仕事だから、あなたは考えなくていい」と取り上げてしまうと、成長機会が経営者に偏ってしまいますよね。経営者が抱えている機会を切り取って、渡していくことで、強いリーダーを生み出す仕組みをつくっているんです。

高いスキルよりも、業界変革への強い意思を求める。3社の採用戦略

ーー産業変革系のスタートアップにおける、業界出身者の割合についてお伺いしたいです。3社はそれぞれ、どのような割合でしょうか?

松本:「ラクスル」事業部の場合、業界出身者は少ないですね。印刷機メーカーの元社長のようなキーマンはいますが、数自体は非常に少ない。一方で「ハコベル」は、運送業出身者が多数在籍しています。セールスオペレーションモデルなので、グロースする上で、出身者がいることの意義は大きいと感じています。

ーーなるほど。オクトはいかがですか?

稲田:全体の2割ほどが業界出身で、セールスとカスタマーサクセスに所属するメンバーが多いですね。実際の建設現場を見たことがある人の方がそこで働く人たちの苦労を理解しているので、「ANDPAD」を導入する利点をうまく伝えられる。業界出身者がミッションに共感してくれて、応募までしてくれるのは嬉しいし、積極的に採用しています。

加藤:私たちも、全体の1〜2割くらいがメーカーで働いていた人たちです。業界出身でなくとも、前職でメーカーと何らかの仕事をともにしていた人が、全体の半分弱くらいですね。 会社のフェーズや、どういった顧客をサポートするかによって、ほしい人材は変わってきますが、ある程度はメーカーに関わりのあるバックグラウンドを持つ人のほうが、向いていると思います。

ーー具体的にはどのような人材にジョインしてほしいとお考えですか?

加藤:ミッションとバリューへの共感はすごく重要です。ミッションとバリューへの共感が低い組織では、小さな問題が次々と起こりやすい。最近は多くのメディアに取り上げられるようになり、素晴らしい経歴やスキルを持つ方が応募してくださるのですが、ミッションとバリューへの共感が薄い人は、残念ながらお断りしていますね。

松本:高いスキルだけでなく強い共感性を持ったメンバーを集め、組織を拡張していくのは、本当に難しいですよね。

ラクスルでは採用までにだいたい5人くらいが面談し、カルチャーフィットを厳しく評価します。それだけでなく、最近はスキル面を評価するための「ワークサンプルテスト」を導入しました。実際の業務で直面するような課題を提示し、半日〜1日かけて準備してもらい、プレゼンの場を儲けるんです。お互いに大きなコストがかかりますが、スキルベースで齟齬を起こさないためには有効ですし、本人のコミットメント度合いを測ることができる。導入後、入社が叶わない人の数は増えましたが、ミスマッチの数はほぼゼロになりました。

稲田:弊社でも最近、役員クラスの採用において似たような取り組みを始めました。役員クラスのメンバーは、SaaSプロダクトの仕組みを深く理解していることが必須なので、こちらが用意した資料の内容について、ディスカッションする過程を取り入れています。ディスカッションを通じて、能力面だけでなく、カルチャーフィットする人材かどうかを判別することができるんです。

「日本の将来を支えるのは、私たちだ」

ーーここからは、グローバル展開についてお伺いしていこうかと。産業変革系のスタートアップは、日本市場にフォーカスし、特有の商慣習に最適化していく必要があるので、どうしてもローカル性が強くなってしまいますよね。ゆえに、そのままのモデルで海外に進出するのは、少し難しい面もあると思います。

そういった背景があるなかお三方は、いかなる戦略でグローバル展開を攻略しようとされているのでしょうか?

加藤:キャディは第一ステップとしてアジア、特に東南アジアをターゲットにしていて、すでに一部現地企業と取引を行っています。

そもそも「グローバル展開」と言っても、3種類あると思っていて。「海外からモノを調達する」ことと、「海外へモノを売る」ことと、「海外へ拡大していく」ことです。私たちは1つ目の「調達」から始めようとしています。

2つ目の「海外へモノを売る」についてですが、日本のメーカーの海外法人は、大半の場合、調達のKPIが現地調達の比率になっています。だから、現地で買い揃える必要があるのですが、日本のメーカーは海外の現地企業から買うのが怖いので、日本企業を連れてきて、現地で日本企業から買うんです。

それだと海外調達の意味がないので、そういったお客様からサービス提供をしていく予定です。

ーーオクトはいかがでしょうか?建設業におけるグローバル展開のイメージはあまり湧いてきませんが、実際のところは?

稲田:会社の経営戦略として、グローバルへ参入するための明確な方針は定まっていません。ただ、建設産業における国内大手企業は、アジアで建設事業を行っているところが多い。お客様のなかにも、「ANDPAD」を持って海外へ建設しにいく会社が増えています。

あとは、日本全体で増えている海外就労者、特にベトナムの方に対して、「ANDPAD」を経由することでエントリーから現場での実務までをサポートする取り組みも始めています。ベトナム系企業からのご連絡も増え始めていますし、彼らにベトナムで利用してもらうことも見据え、柔軟にチャレンジしている最中です。

ーー最後に、ラクスルはいかがでしょうか?

松本:前提として、サービス業は地域ごとにまったくルールが違います。Uberも世界中でチャレンジしましたが、うまくいった国はシンガポールや香港といった、小さなグローバル国家だけでした。あの規模の企業ですら、グローバル展開は難題なんです。

そんななか、国内のサービス業を見てみると、グローバル展開に成功している企業として目につくのは、電通です。電通の日本チームが海外事業を展開するのではなく、イギリスの子会社であるイージスや電通USのチームが海外企業をM&Aしていく。つまり日本人不在のまま、日本企業である電通がグローバル化していくわけです。

正直「これは結構あるな」と思っています。日本人にこだわらず、最も成功できる可能性の高いチームを組み、グローバル化に挑むほうが、勝ち筋があるかもしれません。特に、ネット印刷の領域においては、世界中の案件が弊社に集まっている状態なので、各ローカルにおいてナンバーワンシェアを取っており、すでに利益が十分に出ている会社を、数百億〜数千億円という単位で買収して、グローバル展開していくことを構想しています。

ーーかなり興味深い話でした。それでは、最後にお三方から一言ずつ抱負をいただいて締めたいと思います。

加藤:製造業は日本国内だと斜陽産業と言われることも多いですが、十分なポテンシャルがあると思っています。グローバル化に関しても、バリューチェーンがすでにつながっているため、やりやすい部分がある。本気で狙っていきたいと思っていますし、そのために採用も強化しているところなので、興味のある方はぜひ応募していただきたいです。

稲田:私たちは「ANDPAD」によって働き方を改革するだけでなく、その先にある建物の品質向上へと結びつけるために動き始めています。職人のデータや、現場で用いられる建材のデータ、建築業界の受発注や原価のデータをどのように活用していくべきか、全員で日々模索している最中です。ともにチャレンジしたい仲間は、いつでも募集しています。

松本:「国内産業×インターネット」は、GCP6号ファンドのテーマであると同時に、次の5〜10年で日本社会が迎える最も大きなテーマでもあると思います。そのときに、私たちのような産業を変えるプレイヤーが、単なるスタートアップではなく、会社を大きく強く、しっかり成長させていくことが、日本をより良くすることにも直結するはずです。

まだまだ小さな会社ですが、大きな仕事に挑める土壌は整っているので、興味がある方は一緒に仕事ができると嬉しいです。 


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