メガスタートアップのファイナンスとは?– 長澤啓(メルカリ CFO)× 高宮慎一

ビジネス/コーポレート系業務に従事する人に向け、業務に関する知見や最新のトレンドを共有する目的で開催された「THE BUSINESS DAY presented by Mercari」(2016年11月30日開催)。今回はそこで行われたセッション「メガスタートアップのファイナンスの実情」の内容をお届けする。グロービス・キャピタル・パートナーズがメルカリに投資を決めた理由、コーポレートに重点を置くメルカリの成長戦略、そして大型調達を行うメルカリ以後の日本におけるファイナンスの実情について長澤啓氏(メルカリ CFO)と高宮慎一が対談を行った。

スクリーンショット 2017-06-05 15.20.05(写真左から)長澤啓氏、高宮慎一

[長澤 啓(株式会社メルカリ 執行役員 CFO)]
慶應義塾大学総合政策学部卒業後、三菱商事において金属資源分野における投資及び主にエネルギー、リテール、食品分野等の領域におけるM&Aを担当。2007年にシカゴ大学経営大学院を卒業の後、ゴールドマン・サックス証券にジョインし、東京及びサンフランシスコにおいて主にテクノロジー領域におけるM&AやIPOを含む資金調達業務を担当。2015年6月にCFOとして株式会社メルカリに参画。

[高宮 慎一(グロービス・キャピタル・パートナーズ パートナー/Chief Strategy Officer)]
コンシューマー・インターネット領域のベンチャー投資を担当し、投資先に対してハンズオンで成長を支援。支援先はアイスタイル(東証3660)、オークファン(東証3674)、しまうまプリントシステムなど多数。戦略コンサルティング会社アーサー・D・リトル、東京大学経済学部卒(卒論特選論文受賞)、ハーバード大学経営大学院MBA(二年次優秀賞)。

「チームとドメインのポテンシャル」メルカリに投資を決めたワケ

高宮慎一(以下、高宮):メルカリがメガベンチャーとして100億円に近い大型調達を行ったことで、日本のベンチャー業界の悲願も叶いつつあると感じています。アメリカのAppStoreの全体ランキングでTop3に入ったことからも、目指していたものが本気で実現しつつある。「ビフォー・メルカリ」と「アフター・メルカリ」で日本のベンチャーファイナンスが変わっていくと思っています。今日はその辺りのお話させてください。

長澤啓(以下、長澤):メルカリは高宮さんがいらっしゃるグロービス・キャピタル・パートナーズ様からも出資を受けています。まずは数あるスタートアップをみてきた高宮さんにメルカリはどのように映っていて、投資判断をされたのかを聞いてみたいです。シリーズBのラウンドで入っていただいたとき、高宮さんにはどのような景色が見えていたのでしょうか?

高宮:シリーズBとはいっても、実はアプリがリリースされてすぐくらいのタイミングでしたよね。事実上、世の中でいわれるシリーズA的なタイミング。完成された事業で売上が立っていることよりも、チームの良さや狙っているドメインのポテンシャルに魅力を感じていました。まずチームメンバーですが、それぞれの方を昔から知っていましたし、みんなこれまで自分で事業をやられてきた方です。いわばシリアルアントレプレナーしかいないような形で、チームとして出来上がっていた印象を持っていました。バリュエーション云々よりも、チームとドメインに世界に出られるポテンシャルを感じて投資しましたね。

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長澤:当時、フリマアプリ自体が新しいものであったかというと、必ずしもそうとはいえません。我々よりも前にいた人たちもいたと思いますが、後発だったメルカリに投資することについては議論にはなりませんでしたか?

高宮:もちろんなりました。とにかくチームに圧倒的な魅力を感じていたんです。今でも印象に残っている投資委員会のなかで出たコメントがあります。うちのパートナーの一人が、「ベンチャーキャピタルを20年やっていると、その時代時代の象徴的な案件があるんだ。メルカリはそれになる気がする」と言ったんです。

それはおそらくデバイスシフトという大きなトレンドがあり、そのなかに山田進太郎を中心としためちゃくちゃ良いチームが集まっていて、かつドメインがいい。要するにホームランになる要素が揃っている。イレギュラーなホームラン案件とロジカルな判断をしたときの二塁打の境目については自分でも考えるのですが、メルカリに関していえば、我々パートナー陣が10年以上VCをやっているなかでも「これは違うぞ」という匂いを感じていました。

スケールを前提に逆算で先手を打ち続けるメルカリの成長戦略

長澤:シリーズBからC、Dときて、現在はこういう状況になっているのですが、高宮さんのイメージから上振れたり、下振れたりしたことはありましたか?

高宮:正直、上振れの予想外しかないかもしれません。今までのベンチャー投資を振り返っても、これほど順調にいっているケースは初めてです。少し戸惑っているくらい。いくつか要因があると思うのですが、まずはCtoCでモノを売り買いする習慣を最適化する形でプロダクトに落とし込んだことが一つ。背景にあった潜在ニーズを捉えるためのエクセキューションもかなり洗練されていました。改善のスピードが圧倒的に早かったですよね。インターネットにおけるカイゼン活動のような元から日本のお家芸だったものを世界に誇れる強みとして、持っていたのがとても効いたのだと思います。

あとは組織としてもベンチャーらしからぬ戦い方をしていました。かなり早めのタイミングから権限移譲を行い、大企業のような論点で組織体制を考えていましたよね。普通のベンチャーだと事業の成長に組織が追いつかないことが多いんです。メルカリは先手を打ち、組織化しながらスムーズに「50人の壁」や「80人の壁」を乗り切れていたのがすごいと思います。

長澤:それはおそらく小泉(文明)がよく言うことですが、逆算で考えて、スケールを前提に先手を打つということですね。

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高宮:やはりその世界を見たことのあるシリアルアントレプレナーであったり、大組織にいた経験を持つ経営メンバーが集まっていることが最大のアンフェアード・アドバンテージになっていると思います。大学卒業後、すぐにベンチャーを起業した若者が競合にそれをやられたら「ずるい!」と思うようなことですね。

長澤:一方で、組織自体が数字に追いついていっているのかいないのかはいかがでしょうか。社外役員という立場からみていて、そこは安心してみていられたのか、そうではないのか。

高宮:もちろん経営されている立場からすれば、「まだここが・・・」といった部分はあると思うのですが、世の中との相対論でいえば、圧倒的にちゃんとした会社になっていますよね。ベンチャーあるあるでいえば、組織が30〜50人になっても、創業社長が自分の手を離せずに全部自分で見てしまうことが少なくありません。そうなると、社長がボトルネックになるおそれが出てきます。一方でメルカリは山田さんを中心にKPI管理や権限移譲、人事制度での業績管理の仕組みが回っているので、組織として安心感がある。

逆にいえば、メルカリの悩みは大企業のそれなんです。海外オフィスの指揮命令系統をどうするのか、どれくらいの自由度を海外の事業に与えるのか。こうした悩みは日本一位の製造業の会社が海外展開の際に悩むことと一緒ですよね。

アフター・メルカリの日本におけるファイナンス

長澤:今日のテーマになっているファイナンスについてもお話したいのですが、業界に長くいらっしゃる高宮さんから今の状況はどのように見えていますか?最近ではベンチャーが育ってきて、レイターステージにもファンディングするような投資家が出てきているような気がします。資金調達の選択肢も変わってきていると思うので、これからスタートアップをやっていく方に対してのアドバイスも含めてお教えいただけますか。

高宮:まず大きなトレンドとして50〜100億規模の大型ファイナンスが出てきています。それもやはりメルカリの功績だと思っていまして、メルカリが成功例を作ったことで、伝統的にベンチャーには投資をしてこなかったプレイヤーが投資をするようになってきています。

そうなったときに、長く未上場でいるのか、上がれるときに上がれるのかは両方真なりでしょう。その判断は事業戦略と密に連動するべきです。上場にしてもレイトステージのファイナンスにしても資金は事業を伸ばすための燃料なので、必要な燃料を必要なときに調達するのが大切。未上場でも攻めるため、資本市場をレバレッジして何回も調達するとか、資本市場で知名度を得て人材採用を加速するなど事業上の目的ありきで調達する方法は選ぶべきだと思います。

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長澤:我々に照らし合わせてみると、やはり非上場で調達をする選択肢が出てきていることが大きいと感じます。海外で大きく攻めているという中で、経営戦略の自由度を担保するという意味でも非上場の方がかなりフレキシビリティが高いからです。

そのためにも普段から投資家の方々と関係性を作っておくことは重要だと思います。ビジネスはアップデートしつつ、本当に調達したいと思ったときに動けるような環境の整備といいますか。それさえやっておけば今の資本市場では我々のようなプライベートな会社への投資を検討してくれる投資家も増えてきています。こうした環境の変化はここ5年でかなり変わった部分だと思いますね。

高宮:そうですね。ファイナンスに限らずベンチャーに一番大事なのはオプションバリューというかフレキシビリティだと思うんです。今後起こることを想定し、様々なオプションを取っておく。もしIPOをするのであれば大手の機関投資家とリレーションを築いておかなければいけません。最終的に結実する動きとしては選択と集中なのですが、その背後にある思考プロセスのなかでは全部の選択肢がオープンになっているのが理想的だと思います。

高宮:選択肢を増やす動きでいうと、コーポレートの役割も大きいですよね。外資系の投資銀行で働いていた長澤さんがメルカリにジョインされたのも逆算からの動きかと思うのですが、長澤さんご自身としてメルカリにジョインされた理由などお聞かせいただけますか?

長澤:色々なところで聞かれるのですが、経営陣の方と知り合って、「スケールする会社はこういう感じ」というのを直感で思ったんですね。シリコンバレーで働いていたとき、未上場ながらファンディングをして伸びている会社をたくさん見ていたので、日本でも必ずこのトレンドは来ると思っていました。メルカリの経営陣から声をかけてもらったときに、「このチャンスを逃すと、こうしたオポチュニティーは訪れない」と思ったんです。正直リスクはあまり感じなかったです。

高宮:日本のベンチャーは事業側もしくはプロダクト側の一本足打法で事業の成長を引っ張る形になるケースが多い。対して、メルカリはファイナンスも含めてコーポレートの組織化がものすごく進んでいるので、事業の成長のさせ方が欧米的といいますか。大型調達で攻めることも含めて、コーポレートに重点を置いているイメージを持っています。

長澤:もちろんプロダクトありきですが、やはり海外に打って出るなかで、コーポレート部隊がそれに合わせて大きくなりながらグローバルに対応していく必要があります。とはいえ、事業の成長スピードが速すぎて、後追いになっている部分はまだまだ我々の中にもあると思っています。もっと人を採用し、メルカリのコーポレート部隊でやる楽しさを作っていくということは大事になってくると思います。

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