現役VCが語る、産業変革へのロードマップ。“レガシー”に挑むスタートアップが直面する課題と、その解き方

ラクスルやキャディ、オクトなど、テクノロジーを武器にレガシー産業の改革へ挑むスタートアップが徐々に増え始めている。一方で、困難な課題に直面し、突破できないまま撤退を強いられてしまう企業も少なくない。

レガシー産業を攻略できる企業とできない企業の違いは、一体どこにあるのか。グロービズ・キャピタル・パートナーズ(以下GCP)の野本遼平は、2019年7月に「スタートアップ投資の実態とレガシー産業の切り込み方を大公開」に登壇。野本は、弁護士としてスタートアップの資金調達支援に携わったのち、Supershipホールディングスで経営戦略室長や子会社役員を務めた経験を持つ。

本記事では、野本が投資家としての目線も交えながら「産業構造を覆すサービスを生み出し、成長させるために不可欠な要素」について語った様子をお届けする。産業への切り込み方や導入促進のノウハウなど、数々の実践術が明かされた。

(構成:ハッスル栗村 編集:岡島たくみ

「アセット活用」か「プロセス効率化」か。レガシー業界の攻略法

冒頭で名前を上げた3社をはじめ、順調に成果を上げている各社の後に続こうと、レガシー産業への参入を掲げる起業家も少なくないだろう。

では、実際にレガシー産業でイノベーションを起こすには、どのような切り口から挑むのが有効なのか。野本は、「アセットのフル活用」と「プロセスの効率化」の2パターンの機能を区別して意識することが重要であると述べる。

野本遼平
弁護士として、スタートアップのビジネススキーム策定・提携交渉・資金調達等の支援に携わったのち、2015年にKDDIグループのSupershipホールディングスに入社。同社の経営戦略室長・子会社役員として、BizDev、戦略提携、M&A、政策企画について、戦略立案から実行・PMIまでを統括。2019年4月、グロービス・キャピタル・パートナーズ入社。慶応義塾大学法学部卒、東京大学法科大学院修了。著書に「アプリビジネス成功のための法務戦略」(技術評論社)。

野本:「アセットの活用」を切り口にする場合、参考にすべきなのが印刷サービス「ラクスル」です。使われずに眠っている印刷会社のリソースを掘り起こし、顧客と最適にマッチングさせるプラットフォームビジネスを展開しています。このパターンでは、これまで有効活用されずに埋もれていたリソースを掘り起こし、アセットとして活用することで、業界自体に活気を与えるサービスを目指します。

一方、「プロセスの効率化」を切り口に参入を狙う場合は、バリューチェーンの工程を効率化することに主眼を置いたサービスを目指すことになります。購買、制作、出荷、マーケティング、最終的なサービス提供など、各工程の非効率性を改善し、生産性の向上を成し遂げるやり方です。

とりわけ「プロセスの効率化」を目指す場合、必ず考慮すべきなのが、業務フロー全体ではなく、一部の深い課題の解決に特化したサービスの開発・提供から始めることである。

最終的な「バリューチェーン全体の抜本的改革」という大きな目標を達成させるためには、まず最初に現場で働く人たちが渇望するサービスを提供し、クローズドな業界に風穴を開けることが必須条件だ。また、各社各様のやり方で日々の業務をこなしている場合が多いのも、レガシー産業の特徴のひとつ。それらを踏まえ、まずは特定の課題にフォーカスし、業界で共通するペインの解決に力を入れる必要があるだろう。

野本:個人が経営しているようなスモールビジネスでは、オーナーや責任者が経験や感覚に沿って業務フローを決めている場合も多く、同じ業界でも店ごとにフローが異なる場合もあります。そういった独自の業務フローそれぞれに対して別々の説得をするのは、さすがに骨が折れます。共通する課題を特定し、ピンポイントで解決することで信頼を得ることができ、その積み重ねによって事業を成長させられます。

しかし、「ピンポイントで攻める」からといって、業界におけるバリューチェーンの一部に詳しいだけでは事業を成功させることは難しい。

レガシー産業における「プロセスの非効率性」は、工程間で生じる場合が大半を占める。「情報共有の不徹底」など、人が直接行う作業への依存によって引き起こされる、工程間のタイムラグや非効率は、レガシー産業で勤務する多くの人々にとって悩みの種だ。その原因を特定し、ピンポイントで解決するためには、業界におけるバリューチェーン全体に対する理解が求められる。

野本:単に人手不足なのか、それとも情報伝達手段がアナログすぎて非効率なのか。業界における問題を具体的に特定するためには、一つひとつの工程でどのような業務が行われているかだけでなく、それぞれがどのような順番で進んで、工程間でどのような連携が行われているかといったプロセス全体を、細部まで正確に知っていることが重要です。そうやって理解を深めることでこそ、業界全体にサービスを普及させることができるんです。

ここで野本は、特にシード期のスタートアップの「短期目線でのサービス開発」における注意点についても言及する。シード期においては、顧客に刺さるサービスの開発に神経を集中させるのは当たり前で必要不可欠だが、中長期的な事業成長や、将来における二の矢・三の矢の事業開発を視野に入れるのであれば、「PMF(プロダクト・マーケット・フィット)した製品によってどのような資産が蓄積されるのかまで、思考を巡らせることが不可欠だ」と野本は話す。

野本:アカウントそれ自体にとどまらず、取引履歴や顧客の関心に関するデータなど、溜め込んだ資産があれば次なる事業を生み出せますし、自社しか持ち得ない資産を蓄積していくこと自体が、競合他社にとっての参入障壁になり得ます。事業を開始する段階で、こういったデータをはじめとする資産を蓄積することによってどのような競争優位性が生まれるのかや、そのポジションを取ることでどのように事業を拡大できるのかを把握しておくことで、中長期的な成長戦略をより鮮明に描くことができます。

そのために注意すべきは、蓄積したデータの利用許諾を初期フェーズから取得しておく必要があること。これを後から取得するのは、実は想像以上にハードルが高いんです。創業初期から中長期的な観点を持ち、早い段階でクリアしておくことが、これからお話しするグロース戦略を実行するうえでも、効力を発揮するのではないかと思います。

業界の“センターピン”を見極め、既存システムとの共存を目指すべし

レガシー業界において、サービスを浸透させるために無視できないのが、「業界独特のルールや慣習」である。業界によっては、法律では定められていない“不文律”が存在する場合もあり、企業がサービスを広める足かせになることも少なくない。

業界のルールや慣習を攻略するためには、事業の初期段階で業界におけるプレイヤー同士の関係性や業界構造を徹底的にリサーチすることが欠かせない。圧倒的な業界リーダーと下請けプレイヤーがいる階層構造なのか、法規制や強い権限を持つ業界団体が存在するレギュレーションベースの構造なのか、複数の企業が分散・拮抗しているフラグメント構造なのかによって、取るべきポジショニングや打ち手は大きく変わる。状況次第では、“センターピン”となる「最も影響力のある人物や企業」を見極め、一点突破で攻めていく姿勢が必要だ。

野本:業界によっては、権威を持った団体からの“お墨付き”が大きな力を持つことが何より効力を発揮することも、実際にあります。そういった業界に挑むなら、センターピンとなる団体や人物を口説き落とすために、業界について調べ尽くしたうえで、適切なルートや紹介を経由して、過不足のないソリューション提案を行わなければいけません。ここでは、敵ではなく、「産業を一緒に良くしていこうとしている味方」の姿勢でアプローチすることが不可欠です。それをやり切る胆力を持った、レベルの高いフロント人材を確保できるかどうかも、企業の命運を左右する要素と言えるでしょう。

関連して、もうひとつ野本が強調したのは「官公庁との関わり方」である。官公庁と関わることを消極的に捉える企業も散見されるなか、野本は「『国の法策が生むトレンド』に乗っかることで、レバレッジがかかるケースもある」と主張する。

野本:たとえば、「働き方改革をさらに推進するためのサービスなので、ぜひ応援してください」と一言伝えるだけで、大きな支援を受けられる場合もあります。無思考に距離を置くのではなく、大局的な政策トレンドや社会の将来あるべき姿と、自分たちの商材との整合性を意識して、しっかり対話する。そのようなアクションを草の根レベルで地道に積み重ねて行くことも、レガシー産業で戦うには重要です。これは官公庁に限らず、業界団体にも同じことがいえます。

顧客を着実に増加させたいとき、効果を発揮するのが「デジタル化の代行」だ。特に「アセット活用」を切り口に攻める場合、大前提として必要なのが、アセットとなり得るリソースのデジタル化である。しかし、デジタル化する作業を顧客任せにしてしまうと、それが原因でサービス利用につながらないことも珍しくない。

野本:デジタル化する作業の億劫さがボトルネックになり、結局サービスを導入してもらえないケースがよくあります。そういった事態を避けるためには、デジタル化を代行したり、アナログのUIを許容しつつ、自社としてデジタルに変換してあげることが大切です。

続けて野本は「既存の基幹システムとの共存」の重要性を説く。顧客が少なからぬ信頼性をもって導入している既存の基幹システムがある場合、入れ替えを求めるのか共存を求めるのかは、慎重に判断すべきポイントのひとつである。

野本:今までSIerが地道に社内全体へと最適化させてきた基幹システムを完全に置き換えるのは、想像以上にハードルが高いです。

サービスの導入を検討してくれている企業が基幹システム抜きでは回らない状況に置かれており、そこに融合する形でサービス導入を推進した方が、のちのロックイン効果につながる場合もある。クライアント企業が採用している基幹システムと相性の良いサービスを開発することで、他社のサービスに乗り換えられてしまうリスクを軽減できるんです。

最初に課題解決したセグメントと隣接するセグメントに挑み、事業拡大を達成せよ

「プロダクトの導入→クライアントの日常業務への浸透」に成功したあとは、事業を他のセグメントに広げることによるグロース戦略へと、注力すべきポイントが移っていく。同じ産業内における別のセグメントへの進出を目指す際は、「異なるセグメント間で通底する、『共通項としてのペイン』が何かを考え抜くことが重要だ」と野本は力説する。

野本:たとえば、農業系ベンチャーの場合、農地の広さや作物が違えば、効率化のために取り組むべきオペレーションはまったく違いますよね。グロースを目指すのであれば、最初に課題解決を達成したセグメントと似たペインを抱えるセグメントを見つける必要があるんです。

切り口を見極めて参入し、導入してもらうための取り組みを地道に積み重ね、業界のバリューチェーン全体を理解したうえで立てた仮説をベースに、グロース戦略を練り上げる。その過程で集積したデータやノウハウを用いれば、将来的にはオリジナルの事業を展開することも視野に入ってくる。

野本:特に、アセット活用を軸とした事業を手がけると、プラットフォーム上で展開される企業同士の取引を見るなかで、「何が売れて、何が売れないのか」が、自ずと分かってくるはずです。すると、Amazonのプライベートブランドのように、プラットフォーム提供にとどまらない本業を立ち上げる形で当該業界へ参入し、新たなインパクトを起こすことも可能なはずです。


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