「Passion×Tech」ビジネスの最前線——日本発グローバルサービス「NobodySurf」岡田英之×GCP 高宮慎一 起業家×投資家対談

世界中のサーファーたちから熱い視線を浴びる「NobodySurf」。世界中に点在しているサーフィンの映像作品を集約し、サーファーとクリエイターをつなぐグローバルサービスだ。2015年1月のリリース以来成長を続け、昨年12月には月間900万再生を記録した。現在は190カ国で利用されている。

創業者の岡田英之氏は、同サービスを「Passion×Tech」ビジネスだと語る。事業ドメインに“自分がいちばん燃えること”を据え、世界中で利用されるサービスを目指し会社を立ち上げた。言語や国境によって分断された熱量の高いコミュニティを、テクノロジーでつなぎ合わせ、新たな経済圏を生み出そうと奮闘している。

「ネットで完結するモデルで残されたフロンティアは『ファンビジネス』だ」と語るグロービス・キャピタル・パートナーズ(以下、GCP)高宮は、マネタイズ前の「NobodySurf」に2億円を投資。創業前から世界を目指す岡田氏のピュアな情熱に賭けたそうだ。

「NobodySurf」が急成長を続ける理由はどこにあるのか——。創業の経緯から現在までの道のり、投資を決めた高宮の決断理由、岡田氏が目指す今後の未来を紐解いていく。

(インタビュー:長谷川リョー テキスト:オバラミツフミ

事業ドメインは“自分がいちばん燃えること”。月間900万再生「NobodySurf」が生まれるまで


岡田英之
1979年フランス生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。伊藤忠商事にてオーディオブック事業の立上げを行い、iTunes Store等を通じて音声コンテンツの配信を行う。2009年から5年間、エキサイトにてスマートフォンアプリ事業に従事し、100以上のスマートフォン・タブレットアプリを開発・提供。2014年9月、reblueを設立。2015年1月より、世界中のサーファーとクリエイターを対象にしたサーフィン動画サービス「NobodySurf」を展開中。

ーーまずは、岡田さんの経歴についてお伺いさせていただけますか?

岡田英之(以下、岡田):学生時代、エントリーシートに「世界を股にかけたエンターテイメントビジネスを起こしたい」と記し、総合商社に入社しました。入社した2001年から2007年までは商社マンとして働き、最後の6年間は子会社に出向しています。出向した当時はiPhone 3Gが発売された時期で、自分を含めた一部の熱狂的なユーザーたちが歓喜する姿をリアルタイムで目にしました。テクノロジーを原資に、新しいビジネスが始まるのではないかと期待を募らせたことを覚えています。

そうしたこともあり、社内のエンジニアを誘って自主的にアプリを開発したんです。最初の年に30個ほど、合計100個以上のスマートフォンアプリをリリースしました。累計で2,000万ダウンロードくらいされていたと記憶しています。

ーースマートフォンアプリ事業に接する最初のきっかけですね。

岡田:そうです。情熱を持ってサービスを開発し、それが優れたものであれば、国境を越えて世界中の人々に利用してもらえます。ユーザーが喜ぶサービスを作ることの魅力に、どんどん取り憑かれていきました。6年間勤め上げ、今度は自分で「世界中の人々が使うスマートフォンアプリをつくる」と決意し、会社を辞めたんです。

ーー当時から「NobodySurf」を構想していたのでしょうか?

岡田:いえ、独立当初は「スマートフォンを利用したサービスである」ことと、「世界中の人々に利用される」こと以外は白紙です。退職してからの3ヶ月間、どの領域で事業を立ち上げようか、ひたすら模索していました。

ーーサーフィンを軸にビジネスを展開するまでの経緯をお伺いできますか?

岡田:構想を練りながら自問自答し、日々スマートフォンに触っていたら、いつも動画を見ていたことに気づきました。そうした日々を過ごす中で「価値のある映像作品が、あらゆるジャンルで、世界同時多発的に生まれている」と感じたんです。

同時に、良質な作品の数が飛躍的に増えていく一方で、それらの作品を見つける難易度も飛躍的に高くなってきているという課題を発見しました。ニッチな領域ほどそれは顕著でした。本来、誰かの人生を変える可能性を持つ作品が、誰にも伝わらないままに埋もれてしまうかもしれません。作品と作品を探している人をつなぐ存在が必要だと感じました。

岡田:事業の方向性が決まり、次は領域を決める番です。さまざま検討しましたが、結局行き着いたのは「自分がいちばん燃えること」。大好きなサーフィンです。自分を含めた多くの波乗り好きにとって、サーフィンは単なるスポーツの枠を越えた、人生に強い影響を与える活動です。良質なサーフィン映像が世界各地で増えはじめていることを発見し、一人のユーザーとしてそれらの映像に日々触れているとワクワクが止まりませんでした。

世界のサーフィン人口は3,500万人といわれていますが、米国やオーストラリアなどの一部の国を除くとニッチなアクティビティであるため、多くの地域では情報やコンテンツが不足していました。

情熱あるクリエイターが世界同時多発的に増え続けている、そして彼らがつくりだす作品に触れることで人生がハッピーになるであろう自分のような潜在ユーザーは世界中にいる。ただそこには大きなギャップがある。それなら、僕らがテクノロジーを活用して、世界に点在するサーフィンの映像をつなぐ存在になればいいと思ったんです。

ーーそうして「NobodySurf」が生まれたわけですね。起業当初はどのようにサービスを展開していたのでしょうか?

岡田:主にFacebookとInstagramで動画を更新していました。世界中のあらゆる地域に点在しているサーフィン動画を見つけ、僕らが定めた基準以上のものだけを紹介したんです。現在はSNSに加えて、スマートフォン・タブレット・Apple TV向けのアプリに注力しています。アプリには4,000以上の動画を掲載していて、そのすべてにクリエイターやサーファー、地域などのタグをつけています。これまではすべて人力で、およそ9万タグ。タグがあれば検索が容易になるので、自分が好きな作品を見つけやすくなります。

また、NobodySurfは「Day1からグローバル」なサービスなので、アプリは非言語で利用できるユニバーサルなUXを心がけて設計しています。“無国籍”なサービスにしたかったんです。

ーー動画探しからタグ付けまで人力なんですか?非常に大変な作業だと思います。

岡田:現在はかなり自動化を進めていますが、とにかくユーザーに喜ばれるサービスにしたかったんです。コミュニケーションも大切にしていて、映像を制作するクリエイターや出演するサーファーたちに毎回直接連絡をしています。

たしかに大変な作業かもしれませんが、そうすることでしか得ることのない感動もあるんです。僕たちが掲載したくて連絡をしたのに「ありがとう」と言ってもらえたり、過去に作品を掲載させていただいたクリエイターから逆に掲載依頼の連絡をいただいたり、そうした世界各地との直接のコミュニケーションが僕たちを突き動かすんです。

ーー日本人のユーザーも多いのでしょうか?

岡田:もっともユーザー数が多いのはアメリカですが、日本もトップ5に入っています。以前社内合宿で奄美大島に伺ったときに、サーファーたちが「NobodySurf」を知っていてくれたこともありました。起業当初に思い描いた「世界に点在するサーフィンの映像をつなぐ存在」になりつつあるんだなと感じ、本当に嬉しかったです。

熱量の高いコミュニティにテクノロジーで新たな経済圏を生み出す。NobodySurfは「Passion×Tech」ビジネス

ーー高宮さんが、reblueに投資を決めた理由を教えていただけますか?

高宮慎一(以下、高宮)2年前に受けたインタビューで、「ネットで完結するモデルで残されたフロンティアは『ファンビジネス』だ」と発言しました。「NobodySurf」には、その可能性を感じたんです。

濃い“偏愛的なファン”がいる領域に関しては「ファンビジネス」のチャンスがあります。ユーザーの母数は小さくとも熱狂的なユーザーがいれば、一人当たりの課金額が大きくなり、ビジネスになるんです。

岡田:僕が持つ仮説も、まさしく高宮さんと同じです。情熱を持って活動しているコミュニティとテクノロジーを掛け合わせれば、今までになかった経済圏や文化圏が生まれるのではないかと思っています。僕の中で「NobodySurf」は「サーフィン×テック」ではなく、「パッション×テック」なんです。

高宮:日本におけるサーフィン人口はそれほど多くはないかもしれませんが、立ち上げ当初からグローバルを意識しているので、そもそも顕在ユーザー数が多いのも魅力的です。リリース初日から「日本発のグローバルサービス」というビジネスモデルにも、惹かれるものがありました。

また、岡田さん自身がパッションに溢れた人間なのも、投資を決めた一つの理由です。ファンビジネスは、コミュニティの盛り上げ方が重要になります。もちろんサービスをつくるメンバーが、手がける領域にパッションを持っていることが重要です。reblueのメンバーにサーファーが多いことも、「NobodySurf」が成長している要因だと思います。

ーー以前のインタビューでもお伺いしましたが、GCPがシード投資を行うイメージは少ないと思います。岡田さんがGCPとともにビジネスを展開すると決めた理由をお伺いできますか?

岡田:高宮さんの人間性が全てです。言葉は違うかもしれませんが、初めてお会いしたときに「熱量のあるコミュニティは、テクノロジーと掛け合わせることでハッピーになれる」といった未来像を描かれていたんです。僕の考えと本質的に近いものを感じ、それから何度か対面でお話を聞いていただいていました。

「趣味×テクノロジー」といった、そもそも母数が限られているビジネスに賭けてくれる投資家はそう多くないと思っています。ただ僕は、熱量の高いコミュニティには可能性があると信じていました。高宮さんは、僕の考えを肯定し、応援してくれたんです。

サーファーにとって最も幸せな時間は、誰もいない海で、いい波に乗っている時間。そうした日は「今日はNobodyだったね」といった会話があるそうだ。そうした理想的なサーフィン体験を提供したいという想いから、サービス名に「NobodySurf」と名付けたという。

ーーちなみに、お二方の出会いは?

高宮:岡田さんは、エンジェル投資家のけんすうさんに2年くらい前にご紹介いただきました。初めてお会いした際に、僕が思い描く理想的なビジネスモデルだと感じましたね。岡田さんの人間性にも惹かれました。まだユーザー数が少ないときから「このくらいの規模まで成長すれば、投資できますね」なんて話していたと思います。それから何度か、個人的に食事にも行っています。

ーー将来的に投資することを意識されていたのですね?

高宮:そうですね。経営陣にとって、ファイナンスは非常に苦労が大きいもの。投資家回りで事業にかける時間が削がれることも少なくありません。しかし早い段階で接点を持てると、定期的な付き合いが生まれます。先々を見据えて調達プランを立てられるので、事業にコミットできるんです。

ーー資金調達前から投資家と接点を持つことで、事業に好影響はありましたか?

岡田:自分に足りない視点を補ってもらえたことは、非常に良かったと思います。僕はロジックよりも感情で動く人間で、ロジカルな思考を持つ高宮さんとは逆のタイプなので。先ほど高宮さんがお話しされましたが、未来から逆算してマイルストンを置いていただいたのも、事業を展開する上で貴重な視点です。

また、GCPが主催する投資先向けの勉強会も非常に有意義でした。自分たちだけでは触れられない情報を知ることができたり、先輩経営者の方に直接お話をうかがえる機会はそう多くないので。

(参考記事:急拡大組織の共通点とは?成長を加速させるブレない“軸”の作り方– ビズリーチ 代表取締役社長・南壮一郎氏

n対nのコミュニケーションを巻き起こし、分断されたコミュニティの架け橋になる

ーービジネスモデルが完成していないマネタイズ前の段階ですが、2億円と大型の投資になっています。現在「NobodySurf」はどれほどのユーザー数を抱えているのでしょうか?

岡田:FacebookとInstagramを合算すると、約54万人(2018年1月現在)のフォロワーがいます。また昨年の12月は、月間900万再生を記録しました。

サービスをリリースして以来、時代の追い風を受けてきたんです。最初はFacebookに反響があり、今度はInstagramが動画対応するように。投稿できる動画の尺も15秒から1分まで伸びるなど、夢中でサービス開発をしていたら、環境が整ってきました。東京オリンピックでサーフィンが正式な競技に採用されたのも、これから追い風になっていくと思います。

ーー今後はどのようにマネタイズされていくのでしょうか?

岡田:ユーザー課金モデルを検討しています。熱量の高いコミュニティだからこそ、プラスアルファの価値にお金を払うユーザーがいると思っています。現在は全てのサービスが無料で、かつ広告も一切入れていません。ユーザー体験を追求するためです。

今後はさらにアクティブに「NobodySurf」を利用してくれるユーザーに向け、より便利な機能をサブスクリプションモデルで提供していきます。イメージとして、「サーフィン動画版Spotify」と思っていただけるといいでしょう。コアなユーザーにお金を払っていただくモデルを確立させることが、ビジネスのスタート地点です。そしてその収益をクリエイターとシェアし、新しいエコシステムをつくっていきたいと考えています。

高宮:熱量の高いコミュニティに特化したバーティカルなサービスであることはもちろん、エンタメ色が強いのも「NobodySurf」のユニークさです。ユーザに支持される良いコンテンツを提供していれば、つまりユーザに価値をだしていればその対価として課金は回るはずと信じています。今後サーフィン動画を見る“世界で一番使いやすい、一番よいコンテンツが揃っているプラットフォーム”を目指しています。

また、岡田さんはとにかく“応援され力”が高い。岡田さんを知る私の知人の多くが「彼はピュアで応援したくなりますね」と言うんです。情熱を持ってサービスに向き合う姿勢は、多くの人を巻き込んでいくでしょう。

岡田:会社を辞めるときは、これまでのつながりがなくなってしまうのではないかと不安がありました。しかし、そんなことは全くなくて。会社を始めて3年が経過し、好きなことを「好きだ」と言い続けていると、応援してくれる人が増えると感じました。

ーーこれからギアを上げて事業を展開し、採用も強化されていくと思います。どのような人材を求めていますか?

岡田:サーフィンとテクノロジーにパッションを持つメンバーと仕事がしたいです。サービスに対する熱い想いがなければ、スタートアップで働き続けることはできないと思っています。

エンジニアやデザイナーなどの技術職、そしてコミュニティを運営するメンバーを探しています。

ーー最後に今一度、岡田さんの掲げるビジョンについてお伺いさせてください。

岡田:言語や国境によって分断されていたサーファーのコミュニティを、「NobodySurf」でつなげていきたいです。ユーザー同士でいろんな価値交換や体験の交換が生まれていく世界をつくりたいと思っています。

「NobodySurf」は、サーフィンを始めたばかりの人からトップスターまで、年齢や性別、国籍を問わずオールジャンルのサーファーに利用されているんです。

はじめは一方通行だったコミュニケーションにも変化が起きています。オーストラリアのByron Bayのサーファーからは「『NobodySurf』アプリをみんな使ってるよ」と、ニュージーランドのクリエイターからは「ニュージーランドのサーフシーンでは、多くのサーファーが『NobodySurf』を知っているよ」と連絡をいただきました。また、サーファーやクリエイターから作品を持ち込んでいただくこともかなり増えてきました。

地道にではありますが、目指す世界に向け、着実に進んでいる——。常にユーザーの幸せを考え抜き、世界のサーファーとクリエイターを熱狂させるサービスづくりに邁進していきます。


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