成長企業が陥りがちな人事・組織戦略の5つの罠——TechCrunch School #11:キーノートレポート

起業家や投資家という直接的にスタートアップに関わる人が参加する“スタートアップの祭典“の第11回、人材(ヒューマン・リソース)分野へのテクノロジー適用の現状と未来を語るイベント「TechCrunch School #11:HR Tech最前線(3) presented by エン・ジャパン」にグロービス・キャピタル・パートナーズの高宮慎一が登壇。

今回のイベントは、スタートアップをはじめとする成長企業の人材戦略にフォーカスし、キーノート講演とパネルディスカッションが行われました。本記事は、TechCrunch Japanに掲載されたキーノート講演の内容を転載しています。

1. 傭兵による組織崩壊

成長企業では、事業拡大を急ぐために、スキルが高い“イケてる”人材を中途採用するケースも多いが、「全くワークしないどころか、社内をかき回して去っていった」ということがありがちだと高宮氏は言う。

「事業が組織よりも先に急拡大していくときや、スタートアップが急いで成長させようとしたときには、焦ってスキルだけで中途採用を行ってしまいがち。妥協せずに、スキルも高く、企業のビジョンやカルチャーとの適合度も高い人を採用すべき」(高宮氏)

とはいえ、スタートアップで知名度もない時期に、優秀でしかも自社に合う人が見つかることはなかなかないのも事実。その場合は「ちょっとスキルは弱いけれども教育可能で、ビジョン・カルチャー適合度は高いという人が2番目の優先度になる」と高宮氏。また急成長期を過ぎて、上場直前の準備などで、定型化されたテクニカルなスキルが必要なタイミングであれば、適合度が低くても「期間限定で、傭兵は傭兵と割り切って、スポットのコンサルタントのような役割で採るというのはあり」とのことだ。

2. 一貫性のない処遇で不平不満が蔓延

入社タイミングや前職の報酬などの違いにより、同じ職位でも報酬レベルがバラバラになり、しかも他の社員の報酬情報がなぜか互いに漏れていて、不平不満が続出することになる……というのが2つ目のスタートアップ“あるある”だ。

高宮氏は「ベンチャーや新規事業の場合、立ち上げから早い段階では、社長や責任者とのOne on Oneで処遇が決まることがあり、結果として処遇がバラバラになりやすい」と話す。「早いタイミングから、OKR(Objective and Key Result:目標と主な結果、Googleなどでも採用されている目標設定による評価制度)やMBO(Management by Objectives:目標管理)などの評価制度と報酬テーブルを用意して運用することが大事」(高宮氏)

またこうした人事制度は、単純にギャラを決める、という話だけではなく、人材育成のためのフィードバックツールにもなる、と高宮氏は言う。「人事制度は事業が小さければ小さいほど、なおざりになりがちだが、実際に各人材がどういう数字を伸ばして目標を達成し、どう事業を伸ばしていくかという、各人の目標と事業の目標との関連をクリアにするので、導入は早ければ早いほうがよい」(高宮氏)

3. ストックオプションの場当たり的な乱発

日本のスタートアップでは、証券会社や資本市場からの要請もあり、慣習として上場時のストックオプション(SO)の割合はだいたい多くて10〜15%と言われている。「その10〜15%をどう人事戦略の中で“実弾”として活用していくか。『採用したい人材が前の大企業で部長職だったこともあり、給与を下げて来てくれたからSOで払う』『今期ボーナスが少ないから、SOで払う』ということをやっていると、どんどんなくなっていってしまう。だけど、SOは経営レイヤーの人を採るときに、本当に実弾として活躍するので、戦略的に使わなければならないもの。いざ優秀なCXOクラスの人材が採れそうというタイミングで『足りない』となっても、あとの祭りになってしまう」(高宮氏)

では、どうするか。高宮氏は付与の目的やルールを明確にすべき、と言う。SOを出す目的はいくつかある。1つ目は新規事業やベンチャーの場合、採用力が低い、または報酬レベルが低い時にベースの給与の補填として出すケース。2つ目は、ベンチャーが上場までに5年10年かかったときに、功績に対する報奨として勤続年数や職位に基づいて出すパターン。3つめは、優秀な人材のリテンションのために、例えば「3年経たないとオプションを行使できない」などというかたちで出すパターン。

「自社はどういう目的でSOを使うのか。これは企業の方針になってくる。採用するとき、市場価格にマッチする報酬を現金で払うという方針もあれば、SOで払うという方針もある。また『今までありがとう(という功績)』に対して払うのか、それとも、これからもいて欲しい人に対して厚く割り当ててリテンションをかけていくのか、というのは会社の考え方・方針次第。会社の大方針として、どこにどう割り当てていくのかを設定することがまずは大事。それを運用可能な制度に落とし込んでいく」(高宮氏)

また付与のルールは、フェアにして一律に当てはめ、「万が一誰かが怒鳴り込んできても、説明ができるようにしておくのは極めて重要」と高宮氏は話す。

4. エースの突然の退職

「結果を出している人は、いろいろなところからヘッドハントもかかり、誘惑も多い。エースが『辞めたいのだけど』と言ってきたときには、既に清水の舞台から飛び降りるつもりで話していることが多く、その時点から引き留めても、もう遅い」と高宮氏。では、そういう人材を自社に引きつけておくためには、どうすればよいのか。

高宮氏は「これは結構大きな組織設計の話とリンクしていて、個人の話に留まらない」と言う。「そもそも事業の成長に合わせて、組織をどうするかを長期的な視点で考えなければならない。メルカリなどはその辺はすごくうまいと思う。1年後の事業の姿を想像して、その時にどういう組織が必要なのかを逆算して、今の組織を整えている。先読みすることが大事」(高宮氏)

1年後事業が拡大してきたら、人事部門が10人要る、と予測するのであれば、今から補充をかける必要があるし、あるいは今いるエースが1年後にはマネジャーになっていることを期待するのであれば、その人が自社で活躍するためのキャリアゴール、キャリアパスを描いて、うまくすり合わせることが本質的に大事、と高宮氏は説明する。

「その人が、自分の思い描くゴールをその会社で達成できると思う限りは、あまり辞めたいとは思わないし、それが本質的にベストなリテンションにもなる」(高宮氏)

一方で、若干テクニック的になるが、引き留め施策もある、と高宮氏は言う。「あらゆる人事評価を超えて、人事のトップや社長の頭の中で『こいつは抜けられたら困る』というリストってあると思う。抜けられたら困る人をリストアップして、その人たちだけはピンポイントでマークして、定期的に食事に行くなどをする、というのは(テクニックとして)ある」(高宮氏)

また、スタートアップなどは特に、3人ではじめた会社が10人になり、50人になり、100人になり、500人になり、とどんどん成長していくが、3人のフェーズで必要な人材と500人のフェーズで必要な人材は違ってくる。例えば、3人の時点では、全員がボランチ的になんでもやることになるが、規模が拡大すれば、それぞれの業務の専門家が必要になる。

そうした変化に応じて、「冷たいかもしれないが、経営判断として、事業の成長に追いつけない人が出てきた場合に入れ替えは仕方がない、という割り切りが必要だ」と高宮氏は話す。「昔からいる人だから温情で残す、要職に就ける、ということをすると、そこがボトルネックになる。もしくは組織の不和が生まれることになりかねない。事業を大きくして、世の中を変える大きな事を成すことを目的としている以上は、泣いて馬謖を斬る、ではないないけれども、経営者、人事のトップとしての冷たさも必要になるのではないか」(高宮氏)

さらに「エース級の人であっても、会社としてのキャリアゴールやキャリアパスがすり合わない、という人は一定数出てくると思うが、それはしょうがない。そういう人たちは快く送り出してあげるべき」と高宮氏は言う。「その代わり、そういうイケていて(企業のカルチャーなどとの)フィットネスがあることが確認されている人には、戻ってこられるような“リターンチケット”を渡しておくのが大事。『いつでも戻ってきてね、こういうことがやりたくなったらまた一緒にやろう』と言っておくことで、広義の応援団、広義の“自社”がエコシステム的に周囲ににできてくる。事業上の連携なども起こったりするので、よいことだと思う」(高宮氏)

5. 必要機能の未充足

最後の“あるある”は「ある業務ができる人材がいるから、それに合わせて組織を作る」ということを行った結果、イマイチ事業が伸びない、というケース。

「冷静に考えれば、事業を成功させようと思ったときに、その事業で勝つためには何をしなければならないか、それをブレイクダウンしていくと、組織としてどういう機能を備えるべきか、という話になるはず」と高宮氏。「事業として勝つために必要な機能を分解できれば、今度はそこに人を当てはめていけばよいという話。あくまでも、あるべき組織の姿をベースに、そこに必要な人材を求めていくべき」(高宮氏)

まずは必要な機能ありきで、理想とする組織を設計し、既存の人材をその機能に当てはめていって、空いた機能があれば当初は兼務してもらいながら、採用をかけるのが順序だと高宮氏は言う。「人がいるから組織を作る、ポジションを作るっていうのは逆だと思う」(高宮氏)

講演の締めくくりに高宮氏は「スケールしていく事業を支えるためには、組織も仕組み化することが重要。ルーティン化して定型化しなければならない」とまとめ、ただし、と付け加えた。「とはいえ組織には“人の心”が絡んでくるもの。デジタルにゼロイチで判断できるものでもないので、ブレーキやアクセルのように“遊び”の部分がいる。たとえば人事評価の仕組みにしても、杓子定規に公式に当てはめていきがちだが、最後に経営者と人事のトップが膝を突き合わせたときに、裁量で調整できる余地を残しておく。それが最終的に納得感を醸成し、経営者としての意思を込めて『この人に活躍してほしい、この人を引き上げたい』という部分を折り込むためにも大事だと思う」(高宮氏)


TechCrunch Japanより転載
http://jp.techcrunch.com/2017/10/10/techcrunch-school-11-hr-tech-3-keynote-report/