投資先の成長を支えるための「4R」。GCPが考える“ハンズオンの本質”とは?

グロービス・キャピタル・パートナーズでは投資先企業の成長をより加速させるため、各投資先担当キャピタリストによる経営支援に加え、組織横断的な支援も行っています。

今回は後者の具体的なアプローチである「4R」(HR、PR、IR、EngineeR)について、キャピタリストの今野穣、東明宏、羽鳥裕美子が解説。「4R」の基礎となる採用・組織開発を支援する「HR」、投資家や潜在顧客に対し企業/事業の本質的な価値のコミュニケーションを支援する「IR」と「PR」、エンジニアの採用から組織の編成までを支援する「EngineeR」、グロービスが考える“ハンズオンの本質”など、ファームに根付くノウハウ・哲学を語っていただきました。

(インタビュー:長谷川リョー

(写真、左から)羽鳥裕美子、東明宏、今野穣

今野穣(以下、今野):グロービス・キャピタル・パートナーズ(以下、GCP)では、投資先の企業を資金提供以外の側面からもバックアップするため、組織内に蓄積したノウハウを惜しみなく提供しています。なかでも、スタートアップが成長する上で必須になる「4R」を重点的に強化、組織的な仕組みに落とし込んで提供しています。「4R」とは具体的に、HR(Human Resources)、PR(Public Relations)、IR(Investor Relations)、そしてエンジニア(EngineeR)を指します。まずは、それぞれの概念について簡単に説明させてください。

最初に「HR」ですが、昨今のベンチャービジネスは、ビジネスアイデアそのものに参入障壁がある訳ではなく、スピードが最大の成功要因だったりしますので、企業が拡大していくために、適切な人材を適切なタイミングに採用することが必須となります。逆に採用が弱い企業は成長が遅く、一向にビジネスがドライブしません。また、ステージが浅く、売上もブランドも資金も十分でないベンチャー企業にとっては、幹部候補の人材を投資先企業自身が単独で採用するのはとてもハードルが高い。

そして、「PR」は企業の認知度の向上や取引先や提携先の増加、採用の強化にもつながる欠かせない要素です。メディアへの露出などは継続性があって初めて成長を加速する要素になるため、中長期的な視点で取り組む必要があります。

「IR」は、やがて当該企業が上場し、資本市場との対話をすることが求められる時が来る前に、経営層と株主の間に発生する情報の非対称性を防ぐためにも、しっかりと理解を促していかなければない部分です。プロダクトやサービスを創ったり、事業ドメインとなる業種・業界に詳しくても、投資家と対話ができなければ資本市場から評価されません。

最後の「EngineeR」は、エンジニア独特の文化を理解するためのメンタリング。エンジニア採用は企業の規模に限らず喫緊の課題です。加えて、エンジニアの方々はある意味において芸術家であったり、緻密なメカニシャンだったり、他方ではマネジメントとスペシャリストとの融合が必要だったりと、それ以外の職種よりも個別性が高いので、最近敢えて切り出して支援をすることにしました。

4Rの礎となる「HR」は、「採用」と「組織開発」を支援。起業家さえ気づいていない人材ニーズを指摘することも

ーーHRから順番に「4R」が企業の成長に不可欠な理由と支援内容について、具体的にお伺いしてもよろしいでしょうか?

東明宏(以下、東):HRは大きく分けて「採用」と「組織開発」の2つの要素から構成されます。採用支援については、我々のネットワークを駆使してダイレクトに人材を紹介するパターンと、外部のエージェントの皆さんと連携して最適な人材を提供するパターンがあります。前者については、事業展開を加速するために幹部候補を積極的に紹介しています。COO、CFOなど数多くのCXO人材を投資先にご紹介してきましたが、これは投資先の皆さんに最も喜ばれる支援の一つで、我々としても投資先の価値を向上させる活動として今後も力を入れて行きたいと考えています。後者については懇意にさせて頂いているエージェントの皆様を通して企業価値向上につながる人材をご紹介しています。その1社であるネットジンザイバンクさんを通じては、昨年約30名の幹部候補となる人材を投資先に紹介、転職頂きました。ベンチャーにとって最も重要な課題の一つが優秀な人材の確保です。一緒にこの課題に向き合ってくださる、熱意あるプレイヤーの皆さんとはどんどん提携していきたいと考えています。

組織開発支援は定期的に少人数制の勉強会を開催するなどし、組織開発知見の共有を進めています。我々には20年ベンチャーキャピタルをやってきたことによる組織開発知見、先輩ベンチャー企業の経験の蓄積があります。そこから有意なものを現在の投資先にシェアしていきたいと考えています。また、昨今はHRテック全盛で、データを活用した組織課題の解決手法も出てきていると認識しています。「人材の組み合わせロジック」を持つヒューマンロジック研究所さんとは、「どういう人材が入ると経営チームが強化されるか」という経営チームの強化についてディスカッションをさせて頂いたりして、組織開発の科学も進めていっています。

今野:私たちが採用を支援する理由は二つ。一つは投資家が採用に入ることで、信用を担保できるからです。規模の小さい企業は、経営陣がビジョンを語ることで人材を獲得するのが一般的ですが、それだけで優秀な人材を口説くのは難しい。そこに投資家が責任を持ってデューデリジェンスして投資実行したり、より客観的に当該ビジネスの将来性をどう認識しているのかなどの点でエビデンスを添えてあげることで、採用しやすくなります。

二つ目は、起業家自身が気づいてない人材のニーズを満たすこと。今は人材が充実しているように見えても、例えば数年後に売上100億円を目指すなら早めに手を打つ必要があります。特に幹部候補となる人材は時間をかけて説得する必要があるため、面会の機会を設けてあげることで、先々の展開を見据える重要性を喚起しています。

定量的効果測定が難しい「PR」と「IR」こそ後回しにしない。外部の専門家のフォローアップで成長の減速を防ぐ

ーー続いて、PRについてお願いします。

羽鳥裕美子(以下、羽鳥):先ほど今野が申し上げましたが、PRは企業やサービスの認知度向上による事業成長に加えて採用強化にも直結する非常に重要な要素です。しかしながら定量的に評価しにくい分野なので、そもそも「本当に意味があるのか?」と後回しにしてしまう場合が少なくありません。また、特にスタートアップは人材リソースが限られているため、広報経験のない人材が広報を担当する場合が多いです。プレスリリースの書き方に始まりメディアへのコンタクト方法や活動評価のためのKPI設定など、やり方が良く分からない中で不安を抱えながら広報活動を行っているケースが多く見られます。弊社ではスタートアップでゼロから広報を立ち上げられ上場まで牽引された外部の専門家をメンターとして招聘し、投資先に対するメンタリングの場を提供しています。

今野:仮にPRできる材料を持っていたとしても、その材料の切り口やメッセージが曖昧なために、ニュースバリューを出せないことがあります。こうしたケースにおいては、外部からストーリー作りやアプローチ方法を支援してあげるのが有効です。

ーーIRについてもお願いします。

今野:ステージが浅いタイミングでは、一般的に経営層が事業開発に専念しているが故にIRが蔑ろになるため、専門家を招いてフォローアップしていただいています。資本市場への知見がないままにIPOを迎えてしまうと、株主と企業の間に情報の非対称性が生まれてしまうからです。ステークホルダーに不利益を被るような事態に陥ると企業の信用が損なわれることは明白なので、そうした事態を事前に避けるための配慮は早期に行っています。

また、広報が弱い企業はエクイティストーリー(株式発行による資金調達の際に株主になる投資家に対して行う先々の成長シナリオの説明)を描くのも苦手です。特にIPO以降は個人投資家からプロ投資家まで不特定多数の投資家に対し企業の将来性を分かりやすく訴える必要があるため、それが上手くできないと成長を阻害する要因になってしまいます。

HRから切り出された「EngineeR」。エンジニアの採用から組織の編成までを支援

ーー最後に「EngineeR」ついてお伺いしてもよろしいでしょうか?

:「EngineeR」は、HRを発展させる形で提唱しています。経営陣の方とお話をしていると、エンジニアは採用から組織の編成、さらに評価制度の作り方など、ゼロベースで悩まれているケースが多いんです。そこで、HRからは別個に切り出した方が良いと考えました。企業の規模や組織風土に応じて各社各様のメンタリングを行っています。

今野:もっとも分かりやすい課題は「スペシャリスト」と「ジェネラリスト」の違いです。エンジニアは、「最先端の技術を持っているけど、組織開発に興味がない人材」と「技術は強くないけど、マネジメントが得意な人材」がいて、そこにギャップが生まれやすい。優秀なエンジニアは初期は一人で開発ができますが、チームとして機能しないと大きな売り上げを作ることはできません。

エンジニアにはエンジニアの文化があり、それを理解しなければ円滑なマネジメントは難しい。そのため、エンジニアがエンジニアにアドバイスをすることが最も有効な手法になります。そこで、GCPではGoogle出身で何社ものベンチャー企業を成長させたエンジニアをアドバイザーに招き、メンタリングをお願いしています。

:非エンジニア出身の経営者は文化の違いに戸惑いがあるようです。しかし、自社でエンジニアを抱えるのが当たり前になりつつあるなかで、コミュニケーションを取る方法を模索していかなければなりません。

“ハンズオンの本質”とは「心の距離感が近い状態を維持すること」

ーー各種ハンズオン支援は、グロービスが組織内に入ってサポートを行うのでしょうか?

:発生するすべての悩みにアンサーを与える体制はとっています。ご相談があればその都度対応しますし、組織内に入って対応する必要のある重要な課題は粘り強くサポートしていますね。

今野:ただ、私たちの仕事はオペレーションを肩代わりすることではありません。すべてを代行してしまうと、その投資先企業にノウハウが定着しないからです。最終的には私たちの知見が企業に根付き、仕組み化することを目指しています。ハンズオンでサポートをするとはいえ、手を動かすことが最善かといえば、そうではないのです。

ーー一般的に、VCは投資後もサポート行うものなのでしょうか?

今野:投資後は個々のキャピタリストがそれぞれの範囲内でサポートするケースが多く、属人的にアセットを提供していると聞きます。そこに関しては弊社のキャピタリストも同じ姿勢ですが、GCPは個人のノウハウをファームに蓄積することにも注力し、組織的にフォローアップする体制を敷いています。それが本日ご紹介した「4R」の取り組みです。

ーー投資先に対しハンズオン支援をするにあたり、心がけていることはありますか?

今野:繰り返しになりますが、あまり手をさし伸べすぎないことは念頭に置いています。とある経営課題を解決するために、もしくは将来課題になりそうな問題点を未然に防ぐために、重要となる支援を4Rの視点だったり、経営会議の場、グループチャットの場で行ったりします。が、そこからオペレーションに落として仕組みにしていかないと、その会社のノウハウとして定着しない。と同時に、そのような経営課題を迅速に察知したり解決するためには、投資先経営陣との適切な心の距離感を維持することが、本質的な意味でのハンズオンを行う上で最重要だと考えていますね。