「リーダー不在のエンジニアチームは守りに入る」ーー及川卓也氏が語るエンジニアマネジメントの要諦

経済産業省は2016年、「IT需要が拡大する一方で、国内の人材供給力が低下し、IT人材不足は今後より一層深刻化する可能性があります」とホームページ上で発表している。発表から2年以上が経過した現在も、採用担当者から「エンジニアの採用が喫緊の課題です」と聞くことが増えた。
 
また、エンジニアには“エンジニア独自の文化”があるとも言われており、仮に採用することができても、文化を理解しなければ円滑なマネジメントは難しい。特に人材不足が嘆かれる急成長中のスタートアップにとって、エンジニアの採用とマネジメントは成長を加速するための最重要課題といっても良いだろう。
 
そうした状況を受け、グロービス・キャピタル・パートナーズ(以下、GCP)では、投資先の企業に向けた「エンジニアの採用とマネジメント支援」を行っている。マネジメント支援を担当するのは、GCPが顧問契約を締結する及川卓也氏だ。
 
及川氏はマイクロソフト・グーグルと、時代を築いた外資系IT企業でプロダクトマネージャーおよびエンジニアリングマネージャーを務めた経験を持つ。現在は独立し、CTO・IT技術人材の採用支援や組織変革活動に力を入れていることもあり、エンジニア統括の腕は国内随一だ。
 
今回は及川氏に、GCPの湯浅エムレ秀和がスタートアップにおける「エンジニアのマネジメント」の重要性を聞いていく。創業期と事業拡大期で異なるエンジニアチームの組織開発や、創業期に採用すべきエンジニアの特徴など、スタートアップから大企業までを長年見続けてきた及川氏にしか語れない金言が飛び交った。

(構成:オバラミツフミ 編集:長谷川リョー

エンジニアが一人でも、マネージャーを置くべき理由


(左より)及川卓也氏、湯浅エムレ秀和

湯浅エムレ秀和(以下、湯浅):まずは、及川さんの経歴についてお伺いさせてください。初めてエンジニアリングのマネジメントを経験されたのは、いつ頃だったのでしょうか?

及川卓也(以下、及川):もともとソフトウェアエンジニアだったのですが、マイクロソフトと共同でプロジェクトを行う機会がありました。その際に、マイクロソフトの本社に派遣されたんです。5人ほどのチームでプロジェクトを進めていて、人事権は持っていませんでしたがチームリーダーになったんです。リーダーの役割を担ったのは、そのときが初めてでした。人事権がない以外はすべて任されていました。

その後マイクロソフトに転職し、間もなく正式にマネージャーになりました。自分のチームには、開発をする人からビジネススキームを考える人、テストスタッフや業務委託の方までさまざまな職種の方がいましたね。日本以外のチームのマネージャーも兼務していたので、小さなチームながらグローバルな視点でマネジメントを経験できていたと思います。

マイクロソフトを退職した後は、グーグルに転職してエンジニアリングマネージャーを担うようになりました。こうして大企業でエンジニアチームを束ねる経験をし、スタートアップに転職したんです。

湯浅:大企業はエンジニアの数も多いので、専属のマネージャーが必要なことは明白です。しかし、スタートアップであればエンジニアが数名しかいないこともあると思います。そうした小さな組織では、エンジニアに特筆したマネジメントを行う必要があるのでしょうか?

及川:基本的には、エンジニアが1〜2名程度でもマネージャーがいるに越したことはないです。ただ、エンジニアリングに特化したマネジメントができる人を選任でおく必要はありません。社員数が10人程度の小さなさ組織であれば、社長がすべてマネジメントを行うくらいで十分です。

マネージャーがいる意義は、組織全体の生産性やパフォーマンスを向上させることにあります。通常は、スタートアップはモチベーションに溢れた人材が多いので、この点についてあまり問題視する必要はありません。しかし事業をピボットする場合など、組織が揺らぐシーンで組織全体の意思を一つにする体制は敷くべきです。

エンジニアチーム専任のマネージャーが必要になるのは、エンジニアの数が50人を超えた頃からでしょうか。それ以前は、主体的にメンバーを見守ることができるプレーイングマネージャーが数名いれば問題ないと思います。

リーダー不在のエンジニアチームは、攻めの姿勢を失う

湯浅:ひとくちマネジメントといえども、職種によってさまざまな手法があると思います。ことエンジニアに関して言えば、どういったマネジメントがあるのでしょうか?

及川:大きく分けると、「プロダクトマネジメント」「エンジニアリングマネジメント」「技術的なディレクションのマネジメント」の3つです。事業が成長過程にあるフェーズでは、この3つともある程度うまくできていることでしょう。そして、これらは創業社長が担うことが多いようです。

しかし、事業が成長すると社長の仕事が変わります。資金調達に奔走したりする必要が出るなど、社員のマネジメントを手放さないといけなくなり、実質的にリーダー不在のエンジニアチームが生まれてしまうのです。

このような時期に一時的に外部のアドバイザーなどで解決図ることは可能ですが、それではいつまでも組織体制が整いません。技術に理解があり、意思決定ができる人材を内製しなければいけないのです。特に「技術的なディレクションマネジメント」は、エンジニア出身、もしくは技術に対してある程度理解がある人にしか務まりません。

湯浅:つまり、経営者がマネジメントを離れるシリーズA前後には、CTOなど技術者のリーダーが必要になると。

及川:誤解を恐れずに、ちょっと極端な話をすると、リーダーがいないと、エンジニアは「好き勝手に」仕事をしてしまうケースがあります。また、技術に理解のないリーダーは正しく意思決定ができないため、エンジニアに判断を任せてしまうこともあるでしょう。

するとエンジニア同士で相談して意思決定をしなければならず、意見が割れてしまうこともあります。結果として納得感を得られずに、モチベーションが下がってしまうこともあるのです。

逆に、マネージャー経験のないエンジニアに判断を委ねると、石橋を叩きすぎたような「失敗しない選択肢」を選ぶようになり、挑戦する姿勢を失い兼ねません。たとえば、3日で完了するプロダクトを制作する際にも、遅れることを恐れて「1週間かかります」と告げるようになるのです。遅れた際に叱責されることを恐れ、守りに入るパターンが往々にして見受けられます。

とはいえ、リーダーがいなかったり、技術に理解がないリーダーしかいないと、その問題に気づけません。技術的な裏付けがないために、エンジニアたちとの間に溝ができてしまうのです。

創業期に「マネジメントに“興味がある”フルスタックエンジニア」を採用せよ

湯浅:エンジニアチームのリーダーに、どういった人を選任するのかは難しい問題ですよね。創業間もないインターネットを主要事業ドメインに据えているスタートアップには、ほとんどエンジニアが在籍していて、なおかつ技術的に秀でた方も多くいます。とはいえ、彼らがマネジメントに特化しているかといえば、そうではありません。

及川さんはこれまで多くの事例を見ているかと思いますが、創業期のトッププレイヤーがマネジメントを行うのか、それとも外部からマネージャー専門の人材を獲得するのか、どちらが理想的だとお考えですか?

及川:マネージャー候補の人材を採用し、しばらく社内で様子を見てから昇格させていくのが無難な選択肢だと思います。しかし最も理想的なのは、創業期にマネジメントにも興味があるフルスタックエンジニアを採用しておくことです。

創業期からジョインしているエンジニアは、ある種“生き字引的な存在”です。サービス開発の歴史はもちろん、どういった技術を用いたのか、そうした情報をすべて網羅しているからです。

情報を全てドキュメントにまとめていれば問題ないのですが、おそらくスタートアップでは時間が足りないので、そうした余裕はないと思います。その際に「この人に聞けば全てが解決する」といった、信頼の置けるエンジニアが一人いるだけで、チームの結束力が違うのです。技術の置いて頼られる存在が、人としても信頼できる場合、その人材は間違いなくチームに欠かせないリーダーになります。

及川:日本では、よく「エンジニアが管理職的な仕事を嫌っている」と言われています。たしかにエンジニアの中にはマネージャー職に向いていない人もいますが、最たる原因はマネージャーの仕事のイメージが良くないからだと思うのです。

「マネージャーになってしまうとコードを書く機会が減り、書類にハンコを押す機会が増える」と思っている人が多いように感じます。たしかにマネジメント業務が増えるとコードを書く機会が減るかもしれないですが、煩雑な業務はサービスやツールを導入して削減すればいいだけの話です。

エンジニアが考えるマネージャー職の負荷は、事前に話を伺った上でお金で解決すればいい。アナログな仕事を肩代わりする人材を置いてもいいと思います。

すると、業務全体における技術的な仕事の割合が増えます。お金でストレスを軽減できるなら、そこに投資を惜しむべきではないのです。経営者の方がそうした視点を持っているだけで、エンジニア採用も捗るのではないでしょうか。

続く後編では、GCPの投資先であるフォトシンスの代表取締役副社長渡邉宏明氏とCTO本間和弘氏を交え、メンタリングの意義についてディスカッションが行われた。

組織を飛躍させるエンジニア組織の作り方に始まり、日本のスタートアップの共通課題など、大企業からスタートアップまでを長年にかけて見つめてきた及川氏が考える「組織開発論のベストプラクティス」とは?


参考記事

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