産業の脱炭素化プラットフォーム──booost technologiesが担う日本のカーボンニュートラル化

長年取り沙汰されてきた気候変動は、いまやグローバル規模で喫緊の課題となっている。かつては努力目標にも近かった脱炭素対応は必須の時代に。世界のトップ企業たちが最優先課題として大きく舵をきっている。

こうした、企業の脱炭素化を日本からSaaSでサポートしているのが「booost technologies」だ。CO2フリー電力等の調達や供給を可能とする「クラウド型エネルギーマネジメントシステム 「ENERGY X」から事業を開始し、2021年には、CO2排出量の可視化に加えて、脱炭素化をクラウドで実行することができる「ENERGY X GREEN」をリリースした。

このbooost technologiesが2022年2月、グロービス・キャピタル・パートナーズ(以下、GCP)をリードインベスターとして、東京大学エッジキャピタル(UTEC)、 NTTドコモ・ベンチャーズからシリーズAとして総額12億円の資金調達を行った。

今、日本の脱炭素の現在地はどこにあるのか。そして、booost technologiesが実現する日本のカーボンニュートラルの未来とは?booost technologies 代表取締役の青井宏憲氏と、GCPの中村達哉氏に訊いた。

(取材・構成:福田滉平、写真:山下直輝)

日本企業における脱炭素のターニングポイント

──世界では今、脱炭素に向けた取り組みが加速的に広がっています。日本では、2020年の菅前首相による2050年のカーボンニュートラルを目指す脱炭素宣言以降、急速に脱炭素への動きが広がりました。しかし、実際のところ、日本の企業はどのくらい自社の排出量について把握できているのでしょうか?

青井:少々専門的な説明になりますが、まずは経緯から触れたいと思います。日本では、SHK制度(温対法、省エネ法:温室効果ガス排出量の算出・報告・公表を大規模事業者に義務付けたもの)で、2004年に日本の国家インベントリ(一定期間内に特定の物質がどの排出源・吸収源からどの程度排出・吸収されたかを示す一覧表)における算定方法を採択しています。

2006年以降には、多くの活動が算定対象として追加されたのですが、反映されておらず、現在の世界基準である温室効果ガス排出量の算定・報告の基準である「GHGプロトコル」からは、ズレが生じてきています。加えて、報告はSHK制度でもGHGプロトコルでも行う必要があり、二重に計算を行わなければいけません。

booost technologies株式会社 代表取締役 青井宏憲
2010年に東証一部コンサルティング会社に入社し、スマートエネルギービジネスチームのリーダーを経て、 2015年4月にクライメート(気候)テックカンパニーbooost technologies株式会社を設立。既に2万拠点以上のGHG排出量可視化に貢献。スマートエネルギー領域全般のコンサルティング経験が豊富で、GHG排出量可視化のみでなく、脱炭素化に必要な、創エネ、省エネ、エネマネにも精通。3児の父で休日は子育てと両立中。

しかし、今年に入り、環境省の検討会で、日本の基準を世界基準に近づけていこうか、という議論がスタートしました。開示のダブルスタンダードの解消になれば、日本も世界水準の算定を早い段階で実現できるのではないかと思います。

今年の4月には改正温対法が施行され、プライム市場での非財務情報の開示義務化も同時にスタートします。また、GHGプロトコルで定められている、企業が直接排出している温室効果ガスにあたる「スコープ1」、そして、電力の消費などで間接的に排出している「スコープ2」だけでなく、サプライヤーや顧客などバリューチェーンの排出量にあたる「スコープ3」まで算定を行っていくことも求められます。

──この精緻化された排出量を算出し開示していく動きは高まっているのでしょうか?

青井:はい、実際に高まっており、もはや不可逆な流れになっています。

開示義務のある企業に算出方法についてヒアリングすると、算定データを精緻に収集することができず、まずは概算の排出量を把握するため、ざっくりした算出の仕方をしていたり、業界の標準値を適用していたり、というパターンが多い状況です。この算出方法では、売り上げが上がれば上がるほど、排出量がどんどん増えてしまいます。

そのため、こうした企業で今、「スコープ3に関する数値を精緻化しなさい」という指示が経営陣から現場に降りてきています。

具体的には、標準値ではなく粒度細かく二次データを基に算出する。もしくは、実際にサプライヤーにヒアリングを行い、納品パーツや商材のカーボンフットプリントを緻密に収集しようという一次データによる可視化のフェーズです。

特にバリューチェーンの頂点に位置している企業は、足並みが揃っているのではないかと思います。

例えば今、自動車メーカーに納入しているTier1やTier2の企業には、自動車メーカー側から「今年度中に3%〜8%脱炭素化せよ」といったかなり具体的なアクションや目標が設定されています。

この動きは国境を越えるプレッシャーになる点でも大きなインパクトがあります。脱炭素に積極的な欧州のOEMが動くと日本のサプライヤーも当然対応せざるを得ません。

そこで、融資を行っている金融機関から、この目標達成をするため何が必要か、メーカー側に応えるための具体的な相談が増えてきています。「対応できないと将来的には外されてしまうかもしれない」という危機感を現場レベルでも感じます。

──こうした脱炭素への取り組みの高まりについて、GCP、また中村さんはどう捉えられているのでしょうか?

中村:カーボンニュートラルの「0」という目標が掲げられ、この2、3年で一気に口火が切られたという印象があります。

株式会社グロービス・キャピタル・パートナーズ シニア・アソシエイト 中村達哉
AGC株式会社にて生産管理、新事業における海外営業、中国深圳駐在を経て、ボストン・コンサルティング・グループに入社。複数の国内大手企業に対し新事業策定から立上げ・実行支援、全社改革、M&A支援、中計策定等の業務を経験。2020年6月、グロービス・キャピタル・パートナーズ入社。ClimateTechや既存産業の構造変革といった投資テーマを中心に新規投資及び投資先支援に従事。一橋大学商学部経営学科卒

これまでは、脱炭素やESGというテーマは事業会社、資本市場双方において「何かリスクがないか」というネガティブチェック的な「守り」の文脈で捉えられていました。

しかし今、そうした認識が転換しているのを感じます。経済合理性と環境価値を両立させることが、企業の持続性や成長性、また産業の競争力に紐づくようになってきているのです。実際に、米国では正の環境インパクトが事業業績と連動するといった事例も積み上がり出してます。

この大きな時代の変節点での成功パターンは、まだまだ各産業模索中で、その中で企業の脱炭素化をドライブできるプレイヤーは誰なのか?というテーマで、我々は今回、booost technologiesに投資させていただきました。

最初の顧客が最大の顧客

──booost technologiesの最初のプロダクトは、小売電気事業者や参入事業者向けのSaas「ENERGY X」でした。そこから、温室効果ガス排出量の可視化とオフセットを行う「ENERGY X GREEN」をスタートさせます。脱炭素をサポートするSaaSへと参入したきっかけは何だったのでしょうか?

青井:200社弱のグループ会社のホールディングス会社でENERGY Xの導入検討頂いている際に、より広いエネルギーの相談をしたいという依頼を受けたのがきっかけです。

その会社では、当時の基準であったスコープ1とスコープ2にあたる、自社の排出量の可視化を進めるために、十数名の体制で2ヶ月遅れで膨大な量のデータを延々とエクセルに入力していました。

しかし、2019年にSBTの基準変更があり、バリューチェーン全体の炭素排出量を可視化しないといけない。つまり、スコープ3にあたる、サプライヤーや顧客の排出量も見える化する必要が出てきたときに、当時の十数名の体制では、到底追いつかないという状況になったんです。

目の前の窓口の方が相当悩んでいる姿を見て、次第に我々がテクノロジーで解決できないか?と思うようになり、当時行われていたスコープ1、2における温室効果ガスの可視化ツールの作成をスクラッチから作ることを決意しました。

ただ、このツールを作るだけでも大変でした。

ものすごい量のエクセルを、全国にある1万以上もの拠点から回収する。その中には紙で届くデータも多数存在し、統合する作業だけでも膨大な工数を割かれていました。

中村:拠点数が1万拠点以上あり、拠点ごとにエクセルのタブが数十個あるというデータボリューム。これをアナログかつ、異なるデータフォーマットで扱うというのは、想像することすら難しいと思います。

気合と根性で行っていた天文学的な作業を解決するにはテックの出番、という流れだったわけですね。

青井:まさにその通りです。これまでの重い作業が遥かに楽になったことが、最初の価値としてピンポイントに刺さりしました。「すごい!」と。

今のENERGY X GREENにつながる事業の種は、その頃に生まれたものです。

最初は、本当にこの企業のためだけにつくったソリューションだったのですが、その後、菅前首相の脱炭素宣言があり、同じような課題を抱えている企業がいくつも見えてきました。そこで、このツールをSaaS化し、ENERGY X GREENとしてリリースしました。

ただの見える化でない、現場が支持するインフラ

中村:最初にとんでもなく大きなお客様と向き合い、「大企業に一番ヒットするUIUXは何なのか?」ここに向き合えたのは、booost technologiesの大きなアドバンテージになっていると思います。

青井:一番最初に出会ったお客様が、日本でトップクラスで、排出量算定を行うのが大変な企業だったと思います。日本トップクラスの大きなペインを持つお客様と、一番最初に複雑な課題を発見させていただけたのは、本当に良かった。大企業ほどデータ量が多く、関連拠点数や組織構造も複雑で、「個社単独では解けないパズル」なんです。

中村:投資検討時は様々な大企業にヒアリングをしてきました。経営側と現場それぞれの話を伺っていると、経営陣にとって脱炭素は重要アジェンダである一方、現場においては、それほど重要ではなかったんです。むしろ対応したくないという声すらあった。現場でよりも重要なのはオペレーションであり、ちゃんと売上を上げること。実務がこなせることが大前提で、脱炭素はKPIに入っていないですよね。

しかし、booost technologiesの顧客にヒアリングした際は、このズレがちゃんと解消されていた。詳細は言えませんが、ちゃんと現場が日々の業務と脱炭素を両立できる具体的な提案がプロダクトに込められていることを確認できました。まさにインフラとして機能していたんです。これってすごい価値だなと思います。

青井:先程の例にもあったように、大企業では排出量を可視化するだけでも大変な思いをしているなかで、それを本当に月ごとや半期ごとにアップデートすることができるのか。加えて、見える化だけなく削減まで実行しないと意味がないのです。

──ここに電力から事業を始めたbooost technologiesの強みが出てくるわけですね。

青井:そうです。前職からエネルギーをずっとやってきた私の知見がここに生きています。

単に可視化するだけではなく、脱炭素化する上で必要な最初のアクションを起こすためのUIにはこだわって設計しています。事業部単位、エリア別、拠点単位での可視化によって、インターナルカーボンプライシングが導入しやすいUIになっています。また、オンサイト、オフサイトの発電所の管理、環境価値のトラッキング管理等も可能なので、効率的に脱炭素化が実現できます。

脱炭素化社会における産業のプラットフォームになる。そのための体制構築が喫緊の注力テーマ

──今回、シリーズAとして、グロービス・キャピタル・パートナーズをリードインベスターに総額12億円を調達しました。この資金の投資領域についてはどう考えていますか?

青井:まずは、各産業のバリューチェーンにおける大手企業の脱炭素化を加速化できる体制強化がメインです。しっかり価値を届けることに全力を注いでいきます。

まず、オンボーディング体制という面でカスタマーサクセスですね。

プロダクトの性質上、非常に多くの方が関与するプロダクトなので、誰でも使いこなせるようになるための仕組み・体制整備は非常に重要です。個別部門に対する機能・ツール販売でなく、企業のインフラ構築に直結する事業なので、SaaS系の事業・組織作り経験がある方にとっては、とてもチャレンジングかつ面白いタイミングだと思います。

加えて、パートナーサクセスも今後重要になってきます。

プロダクトを中心にしつつ、既存のシステムや仕組みと連携する必要があります。例えば、ERP等のシステム連携や、炭素会計の専門性補完といった側面は、上手くパートナーと連携しながら顧客の脱炭素化を進める必要があると考えています。

現状、金融、ITコンサル、会計系等の大手パートナーシップが提携できており、それぞれにアカウントエクゼクティブ体制を構築し、パートナーの方々のオンボーディングも強化したいと考えています。パートナーとの業務フロー定義やスケールする仕組み作りが重要なので、コンサル経験がある方などにとってはゼロイチを経験できる非常に面白いタイミングだと思います。

早晩、企業の中でも「脱炭素の戦略人材」は当たり前になってくると思っており、将来期にそういった方向性でキャリア形成をしたい方にとっても、まさに黎明期の今最前線の経験が積めるとても絶好の機会を提供できるかなと。

──中村さんとしてbooost technologiesに期待する部分についてもお聞かせください。

中村:上述の通り、booostは非常に良いプロダクトを出せていると思います。これからはしっかり届けるところにチャレンジがあります。その上で、可視化だけでなく目に見える削減インパクトをこの1、2年の時間軸でちゃんと出してほしいと思っています。1万拠点以上という話が先程出ましたが、導入したあとに結果を出せるかは、これから真価が問われるところだと思います。

そこを適切にガイドし、お客様の中で定着するところまで、しっかりとコミットしてほしいと考えています。

青井:導入社数は大事ですが、追いすぎることに意味はないと思っています。寧ろちゃんと世の中に削減インパクトを出せたかどうかにこだわらないと意味がないです。

各産業セクターで脱炭素の目標値が2030年、2050年といった時間軸で定まりつつあります。その中で、パソコンにおける「インテル入ってる」のように、あくまで黒子でありながら、着実に事例・実績を積上げていくことで、日本企業の脱炭素実現の裏側に「powered by booost technologies」というラベルがついている、ということを狙っていきたいと考えています。目指すのは「脱炭素化社会における産業の脱炭素化プラットフォーム」です。

各産業バリューチェーンの大企業にしっかりと価値を出せるソリューションの磨き込みと体制づくりを行うことで、その先に広がる、グループ会社やサプライヤーの方々にまで、ソリューションを広げていくことができると考えています。

進化の鍵は「バーティカル」化

青井:中長期的には現プロダクトを基盤にしつつ、プラットフォーム上のアプリケーションも強化していきたいと考えています。そのアプリにあたるのが、業界ごとのバーティカル(垂直統合)な動きです。

例えば、小売業のトップランナーの方々の話を伺っていると、ソリューション開発の種が多く、排出量可視化だけでなく、気温情報を紐付けたい、というニーズが業界上位の複数社からあがりました。気温は売り上げと強い相関があるようなんです。

であれば、排出量を可視化し脱炭素化させるのは当たり前で、気候変動により売上に影響を与えるファクター(機会、リスク)も可視化、シミュレーションできるようアップデートしていく。その上に、こうした一連のソリューションを加え、「For Retail」とパッケージングすることで、よりかゆいところに手が届くソリューション化を進めることができます。

金融であれば、投資先や融資先の脱炭素の可視化をしたいという要望が多く、それに適したインターフェースを提供し、「For Financial」として打ち出す。

不動産では、物件価値につながる浸水リスク評価へのニーズや、自社の物件だけでなく、商業施設のテナントごとに管理したいというニーズが強い。これは「For Realestate」としてパッケージングできます。

中村:まさに今、炭素排出量の可視化では、様々なプレイヤーがホリゾンタル(横断的)に登場しています。こうしたときに、ホリゾンタルな軸に加えて、削減へのバリューの出し方など、バーティカルな軸での差別化が必要になってくると思っています。

横断のインフラとして強い部分と、バーティカルとして強い部分。そして、削減の打ち手として強い部分。これらの掛け算を組織としても作っていくことにも期待したいです。 

青井:脱炭素やエネルギーに関しては、私がある程度知見があったこともあり、価値が出せている実感があります。

ここに、様々な業界・産業知見がある方々にジョインしていただくことで、相乗効果によって業界特有のより強いソリューションを提供することが可能になります。昨年から今年にかけて、各産業を代表する企業との商談や連携がスタートしたタイミングなので、新事業開発の面でも今後様々な仕掛けができると思っています。

中村:業界横断でルールが整備され、サプライチェーン横断で脱炭素に取り組む必要があるなか、一方で、業種ごと個別に、適切なダッシュボードや、ツール、ソリューションが存在するわけです。

ここの事業戦略の取捨選択と仮説検証は、まさにこれから大きく価値を出していく上で非常に面白い展開ですね。この掛け算に興味がある人にとって、今のbooost technologiesは、すごく良いタイミングなんじゃないかなと思います。

(了)