スタートアップのマスマーケティングの鍵とは?「定量×定性」の二軸で考えるマーケティングの基礎–トランスコスモス・真嶋良和氏×博報堂・野田耕平氏

グロービス・キャピタル・パートナーズでは、投資先および出身企業経営陣が集まる小規模勉強会を定期的に開催しています。大規模なカンファレンスではなく、密な経営者同士でQ&Aやディスカッションを行うことが目的です。

今回は2017年8月に「スタートアップのマスマーケティング~過去事例を交えて~」と題して行われた勉強会の内容をダイジェストでお届けします。登壇者にトランスコスモス・執行役員真嶋良和氏、博報堂・テクノロジープロデューサー野田耕平氏を迎え、ディスカッションを行いました。

大企業から急成長ベンチャーまで、数々のプロモーションを手がけたマーケティングのプロフェッショナルが「これだけは押さえるべき」ポイントを解説。過去の成功事例・失敗事例を踏まえ、基礎的なマーケティング概念「STPC」から、リサーチを自社で行うべき理由、ユーザーを拡大するための広告戦略を語っていただきました。

(構成:オバラ ミツフミ 編集:長谷川リョー

成功するマーケティングの基礎、「STPC」の本質とは?

真嶋良和(以下、真嶋):トランスコスモスの真嶋です。新卒でNTTに入社し、2004年から博報堂に転職しました。博報堂時代はナショナルクライアントのマスコミュニケーションから、スタートアップのマーケティング支援や協業など幅広い業務を担当。現在は企業のデジタルトランフォーメションをサポートさせていただく業務を手がけています。本日は野田耕平(以下、野田)さんと、スタートアップのマーケティングに関する「これだけは押さえるべき」ポイントについて解説させていただきます。

とても基礎的な内容ですが、マーケティングにおいて重要なのがセグメンテーションとターゲティング、ポジショニング、いわゆる「STP」です。もう一点付け加えるとすれば、コンセプト。マーケティングには「STP+C」が大切だということを理解しておいてください。

市場に競合が存在しない場合は、選択肢がないのでその商品が購入されます。たとえば水を販売するブランドが一つしかなければ、必然的にそのブランドが選ばれますよね。しかしブランドが5種類あるなら、選ばれる理由が必要です。男性なのか女性なのか、もしくは若年僧なのか高齢層なのか、市場を細分化させてどの領域で戦うのかを整理するのがセグメンテーション。そして、セグメントした領域の中で「誰に届けたいのか」をより詳細に決定することがターゲティングになります。

その中で、自社の製品は他社の製品と比較した際にどのような位置づけになるのかを考えます。高級なのか、安価なのか、どのようなイメージを持たれたいのかで差別化を図っていく。顧客に自社製品のユニークな価値を認めてもらい、競合製品に対して優位に立つことがポジショニングです。

世の中にある製品やサービスを例に挙げながら、これらの概念を整理していきます。スターバックスは「最高品質のコーヒー」と「接客サービス」を提供することで成長しました。最高品質のコーヒーを提供する競合は既に存在しましたし、接客サービスの良い競合も少なくなかったと思います。

その中で、スターバックスはターゲットを“忙しい日常から開放されたいビジネスパーソン”。コンセプトを「サードプレイス」と定めました。既に存在するニーズを満たしつつ、ターゲットの自覚していない欲求「インサイト」を上手く突いたことでシェアの獲得に成功しています。ターゲットに対して“選びたくなる理由”を提供しているのです。スターバックスの施策からは、マーケティングの本質が垣間見えます。

マーケティングを成功させる「リサーチ」を自社で行うべき理由

野田耕平(以下、野田):博報堂の野田と申します。私からは、企業のマーケティング担当者にとって実務上重要なことをお話させていただきます。マーケティングにおいて重要なのが、定性調査と定量調査を上手く組み合わせること。その上で、ユーザーがどのような状況なのかを把握することが大切です。

まずは、マーケット全体のボリューム数をリサーチします。そこから、自社のサービスがマーケット全体のユーザー数のどれほどの割合を占めているのかを把握します。競合からユーザーシェアを取りたいのか?それとも全くの新規ユーザーを取りたいのか?まずは競争環境の中で、自社が戦う領域を特定し、施策を打つ準備を整えましょう。その上で、消費が一番盛り上がる時期から逆算して大規模キャンペーンの実施時期を考えましょう。たとえば「自社の製品が業界慣習的に3月に売れる」ことが事前に理解できているとします。さらに調査でユーザーの消費行動を逆算し、購入するまでの期間でどのような行動を取るのか理解できていて、どんなメディアを使っているか等のカスタマージャーニーを明確に把握できていれば、広告を打つタイミングなどを正確に判断できます。

こうした調査は自社で行うべきだと私は思います。代理店に調査を依頼すると、認知を獲得することを目的としたプロモーションに偏ってしまうケースがあるからです。本来は売上に対して有効なKPIを立てることが重要なので、「とにかく認知を獲得したいんです」というオリエンをすると、目的が手段と入れ替わってしまう事があります。

たとえば、自社製品が購入される流入経路のうち、もっともコンバージョンが高いものが「ブランドネームでの検索」だったとします。すると、ブランドネームでの検索を増やす事が最も効率が良いとして、ターゲットとする生活者がブランド認知をするタッチポイントを握っていれば、そこに向けた集中的なプロモーションが最も投資対効果が良いという事になります。

このように、深くユーザーの状態を定量・定性両方のアプローチで理解すれば、良い仮説が立てられる。具体的な企業名で例えるなら、ピクスタの潜在ユーザーのボリュームゾーンは、スマートフォンを利用する、画質にこだわりがあるユーザーかもしれない。そうした仮説をデータに落とし込めば、振り返ったときに仮説が正解だったと分かるはずです。また、プロダクトの開発にも有効なデータとなります。緻密に計算された仮説はそうそう外れることはありません。

認知ゼロから国民的サービスに成長させる4つのフェーズ

真嶋:先ほどは基礎的なマーケティングについて解説しました。その後、野田さんから広告についてお話がありましたが、その打ち方一つとっても対象となるサービスや商品の成長フェーズによっても大きく変わってきます。

私が過去にサポートさえていただいたアプリでは、4つのフェーズに分けて考えます。

「積極的にストアにアクセスするユーザー」をきっちり獲得するのが第1フェーズ。続いて「CMによって行動を喚起されるユーザー」を獲得するのが第2フェーズで、ここで初めてTVCMを打つ選択肢が生まれます。「友人からの巻き込みによって初めて動くユーザー」を獲得するのが第3フェーズです。最後に「ダウンロードしてないの?」と、利用していないほうがマジョリティになる第4フェーズがあります。

第1フェーズでは、アーリーアダプターを効率よく獲得することが重要。ユーザーは普段からウェブメディアやアプリストア、攻略サイトに積極的に接触する層です。ここで一定の自然流入がなければ、いくら広告を打ったところで効果を発揮しません。広告により関心を高めたユーザーをしっかりと獲得できるようASOや高評価を獲得しておくことが大切です。また、フェーズ2でのマス広告に向けて訴求軸を複数持った上で、PDCAをしっかり回すことを意識してください。

第2フェーズでは、「どんなアプリを提供しているのか」「アプリの有用性はどこにあるのか」と提供する価値を確実に伝えることが肝になります。有名タレントを利用したり、歯切れのいい言葉を並べてもそれだけではダウンロードをしてもらえないからです。旧来型のマス広告は認知させることが目的なので、印象付けができればよかった。しかし、ダウンロードしてもらう、もしくは実際にサービスを使ってもらうには従来の「名前を覚えてもらうだけのCM」では通用しないのです。

レイトマジョリティーを獲得する第3フェーズでは、友人や知人によって行動を喚起される「連動感」を作ることに注力すべき。一緒にプレイするメリットをつくるなど、巻き込みを意識したコミュニケーションを意識しなければいけません。

そして最後の第4フェーズは、ただTVCMやキャンペーンを打つだけでは動かない層を獲得する最後の難関。サービスが世の中を巻き込むにあたり、リアルな人間関係や口コミ、あらゆるメディアを使うなど、さまざまなタッチポイントをつくり出さなければいけません。具体例を挙げると、お正月やクリスマスなど、国民的行事に広告を当てていく。

「お正月はこたつで…」など、意識させることなく当たり前に利用するものとして定着させるプロモーションを行います。加えて、流行感を醸成するのも効果的です。「1,000万ダウンロード」などと実績を訴求することも有効な手段になります。

また、どのフェーズにおいても、イメージと実際にプレイしたときの乖離があると効果が出ません。広告で流行感を出したところで、アプリがつまらなかったらネガティブな評価が付き、結局ユーザーは離れていきます。ソーシャルメディア発言したくなるような魅力がサービスになければいけませんし、ポジティブ評価を積み重ねるなどマスプロモーションを受け止める導線を作る必要があります。

当たり前ですが、ダメなアプリは何をやってもダメですし、ダメなサービスはなにやっても伸びません。現代は、嘘がつけない時代なのです。

野田:具体的にどのくらいダウンロードされたら、もしくはどの程度認知されたら次のフェーズに移るかと、判断に迷うことがあるかもしれませんが、正解を一概に定義することはできません。とくにBtoBやBtoBtoC企業の場合は、「TVCMを打ったことで組織にモメンタムが生まれる」事が成果に繋がるケースもあるからです。「競合よりも優位性がある」と社内に自信をつけるためにTVCMを打つこともありますし、IPO直前に会社の信用力をつけるために広告を流す頻度を高めることもあります。こうしたケースでは、CMを打つ前はロジックはありませんが、CMがあったおかげで商談が成立することで営業のカンフル剤としてリピートするケースもあります。

なので、あくまでもマーケティングは「定性」と「定量」の二軸で考えるものだと考えていただければと思います。