組織拡大の「成長痛」克服のカギは、スタートアップとVCの協働──センシンロボティクス×GCPX

急速な組織拡大の際、スタートアップは組織の価値観やオペレーションを全く違う次元へと進化させる必要に迫られる。しかし、先行きの不透明な状況で、なにを指針にして組織をアップデートさせればよいのだろう。

グロービス・キャピタル・パートナーズ(以下、GCP)では、投資先のスタートアップ支援に特化する専門チーム「GCPX」により、各事業領域におけるプロフェッショナルからのアドバイスや実務サポートまで提供している。

GCPの湯浅エムレ秀和は、「ベンチャーキャピタルとして、第3者の客観的な視点を持ち、かつ業界・フェーズ横断で経営支援をする中でのナレッジが日々蓄積しているからこその付加価値」を掲げる。上場という共通のマイルストーンを見据えて、スタートアップに伴走する新しいVCの形とは、いかなるものか?その問いのヒントを得るべく、GCPの投資先であり、GCPXの支援先でもあるセンシンロボティクスへのインタビューを実施。

前編では、センシンロボティクスの代表取締役社長を務める北村卓也氏が、GCPXによるコーチングやメンタリングの支援を受けながら、社長就任時の苦難を乗り越えた過程を語ってもらった。後編記事では、採用、組織設計、上場準備……スタートアップなら一度は経験する課題を、GCPXと二人三脚でいかにして乗り越えていったのか、その要諦を探る。

記事に登場する人:
・株式会社センシンロボティクス 代表取締役社長 北村 卓也
・株式会社センシンロボティクス 取締役副社長 塚本 晃章
・GCPX VALUE UP PROFESSIONAL 堀江 隆介、水野 由貴
・GCP INVESTMENT PROFESSIONAL 湯浅エムレ秀和

(取材・構成:石田哲大、写真:藤田 慎一郎、編集:小池真幸

一見すると「新しい課題」も、実はパターンの範疇

──前編では、北村さんが「右も左もわからないまま」社長になってから、GCPXヘッドの小野壮彦による「禅問答」のような経営者コーチングにより、危機を乗り越えていった経緯が語られていました。

北村:はい。ただ、GCPXが行ってくれた支援は、コーチングだけではありません。GCPXのメンバーはタレント豊富で、採用体制の確立や機関投資家向けエクイティストーリーの先鋭化など、それぞれ各分野に専門性を持っています。困難にぶつかった時は、スタートアップの現場を熟知しているメンバーのみなさんが、知恵を出し合って、一緒に乗り越えてくれるんです。

株式会社センシンロボティクス 代表取締役社長 北村卓也
1977年生、学習院大学卒。日本IBMを経て、2008年より日本マイクロソフトでコンサルティングサービスビジネスの立ち上げ及びサービス営業担当部長としてビジネス拡大をリード、2016年より前職SAPジャパンではビジネスアナリティクス部門にて機械学習を中核としたデータアナリティクス事業を推進。2018年10月よりセンシンロボティクスに参画。Design Thinkingファシリテーター、無人航空従事者試験1級。

湯浅:私たちは「VCも選ばれる存在にならければいけない」と思っています。お金の出し手がたくさんいる現代に、起業家が私たちをパートナーに選んでくれた。だとすれば、上場という共通のマイルストーンに達するまで、全力で惜しみなくサポートしつづけるべきだと思っています。

では、VCである私たちは、どのようにスタートアップに貢献できるのでしょうか。ひとつ明らかな強みがあるとすれば、「これまでの投資先の豊富な事例を知っていること」です。いちスタートアップとしては新しい課題に見えても、複数のスタートアップでどんなことが起こったかを経験していれば、自ずとそこにパターンが見えてきます。

このナレッジの蓄積を、次の投資先の支援に活かしていくそれこそがGCPXが提供できるバリューだと考えています。たとえばスタートアップが「組織崩壊」して潰れてしまう前に、先回りして問題解決できるよう支援する。

GCPXが立ち上がってから、約1年。さまざまな問題に取り組むなかで、私たちがVCの立場として提供できる支援のフォーマットが、ある程度形になってきました。VCとスタートアップが単なるお金を受け渡す関係で終わるのではなく、いかにして「協働」していけるのか、そのモデルケースができつつあるのかなと。

株式会社グロービス・キャピタル・パートナーズ INVESTMENT PROFESSIONAL 湯浅エムレ秀和
主に産業変革(デジタルトランスフォーメーション)を目指す国内ITスタートアップへ投資。担当投資先は、GLM(香港上場企業により買収)、New Standard、センシンロボティクス、MFS、フォトシンス、Global Mobility Service、Shippio、CADDi、Matsuri Technologies等。グロービス経営大学院(MBA)講師。ハーバードビジネススクール卒(MBA)

  

第三者だからこそ気づける、採用施策の穴

──具体的に、どのような「協働」をしてきたのでしょうか?

北村:社長就任時には会社が危機的な状況でしたが、そこから少しずつ事業が軌道に乗り、人手が足りないこと自体がボトルネックになるフェーズにまで来た。そこでGCPXの支援を受けながら、採用体制の再構築に着手した記憶があります。

私たちは戦略的な採用がどのようなものか知らず、手探り状態で採用を進めており、、当時一人しかいなかった人事担当に大きな負担をかけてしまった。そこに助っ人として現れたのが、GCPXの水野さんでした。

株式会社グロービス・キャピタル・パートナーズ VALUE UP PROFESSIONAL 水野由貴
人材総合サービスを展開するエン・ジャパン株式会社にて、求人広告営業として入社。人材紹介部門の立ち上げに関わり、人材紹介営業、コンサルタントを経験し、あらゆる立場にて企業の採用を支援。同社の経営戦略、新規事業開発に携わる中、戦略的子会社の立ち上げに参画し、代表取締役社長としてビジネスパーソン向けのマインドフルネスソリューションの拡大に携わる。同事業を譲渡後、2018年10月、グロービス・キャピタル・パートナーズ入社。

水野:恐縮ながら、私が関わりはじめた最初の時に、おふたりにお伝えした言葉があるんです。それは、「人事の立場に遠慮しすぎず、もっと経営陣が採用に関わってください」というもの。私の経験上、とくに採用エージェントとは、経営陣がしっかり時間を取って会話するべきです。なぜなら欲しい人材像をきちんと理解したうえで、会社を推してくれるエージェントからは、いい人材を採用できるからです。

たくさんの人材エージェントと会った方が、採用はうまくいくと思われがちです。しかし、信頼できるエージェントを絞り込んで、リソースを集中する方が、採用が計画通りに進むケースも多いんです。

北村さんから相談を受けた時、まず私は利用エージェントを2〜3社に絞りました。その後、きちんと「この人は大丈夫だな」と思える人をアサインしてもらうために、こちらから要望をお伝えして担当者を入れ替えてもらったんです。人材エージェントは、担当者によって力量が全然違いますし、会社とエージェントの相性も成果に大きく影響します。私は第三者の立場として、信頼できるエージェントを探し、仲人としてセンシンロボティクスを推してもらうための関係構築をしました。

また、採用体制の強化という意味で、月次の取締役会の中で、採用に関するアジェンダを定例的に盛り込み、かつその場で採用のKPIをモニタリングしていくことも強調しました。採用は採用担当者の問題となりがちな所、経営アジェンダとして経営陣が向き合うトピックである、と考えているためです。

──いわゆるベンチャーキャピタルの範疇には留まらないほど、具体的かつ専門性の高い業務までサポートしていたんですね。

北村:水野さんは、間違った施策に対しては「それは違います」と、正しい方向性をビシッと示してくれました。第三者からセカンドオピニオンが提示されることで、社内だけでは生まれない推進力が得られ、非常に心強く感じましたね。

水野:第三者の意見といえば、センシンロボティクスの支援では、きちんと業務内容を言語化して求人票をブラッシュアップすることにも力を入れました。というのも、私は最初センシンロボティクスの仕事内容を聞いても、あまり明瞭に理解できなかったんです。産業用のドローンのソフトウェアの活用による社内インフラ領域の仕事内容は専門領域も高く、首都圏でホワイトカラーとして働く人たちには伝わりにくいと感じました。

仕事内容の魅力が求職者に伝わらないと、やはり採用は苦戦します。社内の人たちは当事者なので、自分たちの仕事が外部の人にどれだけ理解されづらいか、実感を持ちづらい。求人票に記された業務内容をブラッシュアップするだけで、少しずつ応募が増える感触がありましたね。

湯浅:これは外部の立場だからこそできることですよね。他社との比較や、客観的な目で見たときの会社の特徴、欲しい採用者像が見える。また先ほどお話に挙がったように、エージェントへの「担当者を変えてくれないか」といった相談も、第三者の方がやりやすいはずです。

株式会社センシンロボティクス 取締役副社長 塚本晃章
有限責任監査法人トーマツ、ダイキン工業株式会社を経て、2014年よりそーせいグループ株式会社で経営企画業務に従事。同社投資先のJITSUBO株式会社に転籍を行い代表取締役CFOとして全社経営、資金調達、IPOに向けた管理業務の構築、運用管理に従事。2018年8月よりセンシンロボティクスに参画。無人航空従事者試験1級。

塚本:私たちは、いまでも採用エージェントとしっかり会話するよう心がけています。水野さんからの支援を境に「採用は最重要の経営課題であり、しっかりリソースを注ぎ込む価値がある」という意識が完全に根付きましたね。

  

急拡大の「成長痛」を、経験知で乗り越える

──現在、センシンロボティクスの従業員数は80人を超えたと聞いています。ここまでお話されてきた採用戦略の見直しが功を奏したと思うのですが、一方で採用が加速したことで、新しい課題が生まれることはありましたか?

塚本:「人が増えるのに伴って、組織課題が大きくなる」とは聞いていましたが、実際にそうなって、「本当にあるんだな」と思いましたね。とくに感じたのは、新たに入社してくる強いビジネスパーソンたちと、ずっとこの会社をつくりあげてきた人たちとの価値観のギャップが大きくなったとき。資金調達を経て、さらに加速する経営陣のスピード感についてこれない人が出てきたり、「目指す方向性が変わったよね」と言われたりすることが増えたんです。

北村:たとえば、人によっては、ゆっくりコツコツとプロダクトをつくりたい人もいるわけですよね。でも、私たちは「大手のプロジェクトをどんどん取っていこう」「多角化して、出来ることを広げていこう」といった方向へ舵を切った。この方針一つとっても、嫌な人はいると思うんですよね。

塚本:一緒に船に乗る仲間として、「センシンロボティクスの従業員は、こんな価値観で働いてほしい」と規範を言葉にすることも増えました。残念ながら、元から会社にいた人たちの中には、価値観が合わなくなって退職していった人も出てきた。それ自体は、とても寂しかったです。しかし一方で、新入社員たちが新陳代謝を起こして、少しずつ大きな組織へと成長していくのも実感できました。

株式会社グロービス・キャピタル・パートナーズ VALUE UP PROFESSIONAL 堀江隆介
会計士としてPwCあらた有限責任監査法人において金融業界の会計監査業務に従事後、MBA留学を経て、McKinsey&Companyに入社。全社/事業戦略立案、全社改革、コスト削減等の業務を経験。その後、VISITS Technologies株式会社にて資金調達・事業戦略立案/実行・営業企画等を幅広く実行。2020年1月、グロービス・キャピタル・パートナーズ入社。慶應義塾大学経済学部卒、ESADE Business School MBA。

堀江:これらは、いわゆる組織の「成長痛」です。上場を目指してもっと事業成長にアクセルを踏みたいと思えば、さらなる成長のために、当時40人だった組織を少なくとも80人以上に拡大しなければならない。そうなると、組織の価値観やオペレーションは、いままでとは全く違う次元へ動き方を変える必要が出てきます。スピード感のギアが一速上がるのではなく、二速から五速まで一気に動くようなイメージです。

お二人に挙げていただいたような組織課題は、いざ直面すると「どうしたらいいんだろう」と対処に困る会社がほとんどです。しかし、GCPXと協働すれば、過去に経験してきた複数の投資先の事例から、採用計画から逆算して人員増加に耐えうる組織設計を用意しておいたり、将来的に問題が起きそうなポジションを予測したりなど、他社で蓄積した知見を横展開できます。

──複数の投資先に関わるからこそ、GCPXには実践に基づいた知見が蓄積されているんですね。その中でも、困難に直面するスタートアップが多いのはどのような課題なのでしょうか?

どの投資先でも悩む汎用性が高いトピックとしては、いまお話した組織課題が起こるパターンもそうですし、水野さんが話してくれた、資金調達後の採用戦略も最たる例のひとつです。その他にも、マネジメントシステム(経営目標を達成するための仕組みやルール)領域や、エンジニア組織のマネジメント体制の整備、機関投資家とコミュニケーションを取るためのエクイティストーリーの構築も頻出します。

GCPXではこうした事例をまとめて言語化し、ナレッジを共有する場を設けています。どの会社もどこかで直面するようなテーマに関して、学びを形式化して血肉にしていくことで、投資先支援を改善し続けているんです。

  

上場前のエクイティストーリーの構築でも、第三者として徹底伴走

──いわゆる組織課題や事業課題だけでなく、エクイティストーリーの構築まで、GCPXが伴走するのですね。

堀江:上場を目指す企業は、投資家に対するエクイティストーリーが必要になります。このストーリー作成に、初めての方はほぼ必ず悩むことになります。

ベンチャーキャピタルは未上場企業に対して投資する企業です。したがって、未上場市場のピッチでは、不確実性が高くてもポテンシャルに賭けて投資してくれる人たち向けの説明になっているはずです。

しかし、会社の成長ステージが進むにつれて、対峙する投資家が海外含む機関投資家へと変化していく。機関投資家はVC等の未上場市場の投資家よりも、より過去のデータや数字から客観的に見える成長ストーリーを好みます。彼らがどんな目線で企業を評価しているのかを踏まえて、企業価値の成長ストーリーを伝達することが求められるのです。

このストーリーづくりの過程そのものが、企業にとって非常に有益なものだと考えています。エクイティストーリーをつくるために、上場後も見据えた中長期の会社の姿を思い描き、戦略の方向性について議論を交わします。この過程で、「外部株主や機関投資家の目線を考えたときに、どんな経営を積み上げていくべきか」という大局的な視座を獲得できる。それは、上場後の会社の絵姿を見据えた時に今からどのような戦略的なアクションを取るべきか、に繋がっていきます。

湯浅:私たちは、立場上いろいろな証券会社さんとのお付き合いがあり、ポストIPO勉強会で情報交換を密に行っています。そのため、どのように案件が着地したのか、何が刺さったポイントだったのかといった事例を生かしながら、より機関投資家に価値を感じてもらえる方法を探っています。

またベンチャーキャピタルとしての視点でいえば、最後のシーンは上場もしくはエグジットなので、「どのように会社をメッセージングして打ち出すか」が企業の最終的な評価額に直結します。だからこそ、スタートアップとベンチャーキャピタルは、協力しながら上場に向けて自分たちが発するメッセージを練り上げていくんです。

北村:私たちは事業を営む主体なので、自分たちのやっていることの価値は一番理解しているつもりです。しかし、その分、ものすごいバイアスかかっている。当然、相手も自分たちの価値をすぐ分かってくれると期待してしまうのですが、意外と伝わらないことが多いんですよね。

特に、私たちがやっているドローンやロボティクス事業の価値を、全く知識がない方たちにも分かっていただくストーリーを作るのは、思っているよりずっと難しい。

塚本:自分たちの仕事を社外の人にも分かりやすいよう言語化したものに対して、「初めて見た方はこう感じます」「機関投資家の視点からはこう感じるはずです」と意見をいただけるのは、採用だけでなく投資家と会話をするうえでも、すごく貴重だなと思いますね。

湯浅:GCPXはバリューアップチームとして、投資先企業のみなさまと一蓮托生です。VCを利用する、あるいは「使い倒す」勢いでコンタクトしてきてください(笑)。

数々の投資先の事例を経験し、ここまで知見を溜められたことで、スタートアップが成功率を上げられる仕組みが整いつつあると思っています。採用のように具体的な課題の相談でも、精神的な支えとしても、ぜひ頼りにしていただけると嬉しいです。みなさまのお声がけをお待ちしております!

(了)