医療×インターネットの未来予測–豊田剛一郎(メドレー)× 高宮慎一

「全ての産業にインターネットが溶け込む未来」インターネットは巨大産業に何を生み出そうとしているのでしょうか。人々の生活はどのように変化していくのか。大変革を前に、私たちはどんな準備と覚悟を持つべきなのでしょうか?巨大産業をインターネットで変えるべく奮闘するトップランナーにグロービス・キャピタル・パートナーズの高宮慎一が迫るSchooの講義シリーズ「巨大産業はインターネットでどう変わるか」をダイジェスト版でお届けします。

第一回に登場するのは株式会社メドレーの代表取締役医師である豊田剛一郎氏。メドレーは医療介護分野における正しい情報の提供、人手不足の解決、仕組みの効率化に向けたサービスの提供を通じて患者さんやそのご家族、そして医療従事者にとって納得できる医療を目指しています。40兆円にものぼる巨大な医療市場をインターネットの力を使って、どのように変革しようとしているのでしょうか。

豊田剛一郎
1984年生まれ。医師・米国医師。東京大学医学部卒業後、脳神経外科医として勤務。米国での脳研究成果は国際的学術雑誌の表紙を飾る。日米での医師経験を通じて、日本の医療の将来に対する危機感を強く感じ、医療を変革するために臨床現場を離れることを決意。マッキンゼー・アンド・カンパニーにて主にヘルスケア業界の戦略コンサルティングに従事後、2015年2月より株式会社メドレーの代表取締役医師に就任。オンライン病気事典「MEDLEY」、オンライン診療サービス「CLINICS」などの医療分野サービスの立ち上げを行う。

[高宮慎一]
ベンチャーキャピタリスト。戦略コンサルティング会社アーサー・D・リトルにて事業戦略やイノベーション戦略立案などをチームリーダーとして主導した後、グロービス・キャピタル・パートナーズに参画。コンシューマ・インターネット領域の投資を担当する。主な支援先には、アイスタイル、ナナピ、カヤック、ピクスタ、メルカリ、ランサーズなど。最近注目しているのは魚釣り、金魚すくい。

「納得できる医療」の実現を目指すメドレー

メドレーは「医療ヘルスケア分野の課題を解決する」というミッションを掲げ、2009年に設立された会社だ。小学校時代の塾の同級生だったという瀧口浩平氏の誘いを受け、豊田氏も二年前に共同代表としてジョインした。医療領域に取り組む会社にはビジネスや患者さん視点はもちろんのこと、医療従事者の視点が欠かせないと豊田氏はいう。

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メドレーが掲げるビジョンは「納得できる医療」だ。このビジョンを実現するためには、押さえるべき三つのポイントがあるという。

(1)適切な知識を持ち、(2)適切なタイミングで、(3)適切な医療機関を受診するということだ。

昨年末に社会問題になったキュレーション問題をはじめ、とりわけ医療の領域における信頼性の高いウェブ情報サービスの確立は焦眉の急を要する。そこでメドレーが提供するのがオンライン病気事典「MEDLEY」だ。

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500人を超える医師が参加し、「正しい医療情報をインターネット上で発信しよう」という想いのもと、病気や薬、医療機関の情報の提供を行っている。くわえて、「お腹が痛い」といった症状を入力すると、「いつから痛い?」「どのように痛む?」など、医師の問診のような追加の質問に答えていくことで、可能性のある病気を表示するシステムも併せて提供するなど、病名が分からなくても適切な病気の情報にたどり着ける技術も開発している。加えて一つ一つの病気に対して、裏側でデータを紐づけることにより、その病気で受診する場合に適した医療機関を提示できるようになっている。

情報提供を行ったあと、患者さんが実際に受診するところまでサポートするのはメディア単体では難しい。そこで実際に患者さんと医療をつなげるオンライン診療アプリが「CLINICS」だ。

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「CLINICS」では予約から診察、決済から薬・処方箋の配送まで行うことができ、患者さんがアプリ一つで遠隔診療をスムーズに受けることが可能なサービスとなっている。現在350以上の医療機関で採用されており、業界シェアはナンバーワンなのだという。「MEDLEY」というメディアでできること、そして「CLINICS」という受診サポートツールの二つを掛け合わせることで、医療分野の課題を解決し、納得できる医療の実現を目指している。

医療×ITの未来予測

メドレーの大まかな事業について説明したところで、豊田氏より「医療×ITの未来予測」に関するプレゼンが行われた。

豊田:現在、医療は本当に深刻な問題を抱えています。少子高齢化で医療を受ける人は増えている一方、その医療のお金を払う人は減少しています。また、医療現場は慢性的な人材不足で疲弊。こちらのグラフをご覧ください。

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豊田:2006年から2014年までの医療費のグラフなのですが、現在は40兆円を超え、2025年には50兆円を超える見込みとされています。また少子高齢化で、2060年には2〜3人に1人が65歳以上になる。この人たちの医療を若い人たちが支えていかなくてはならないのです。そういった中で現在注目されているAI(人工知能)の活用範囲も当然増えるでしょう。医療プロセス、診療プロセスを支援するような未来が待っているのではないかと思います。

ウェアラブルのようなテクノロジーによって、日々の体の状態を見える化することで、病気の予防や早期発見も今よりもやりやすくなるでしょう。あとは我々も取り組んでいる遠隔診療。医療へのタッチポイントが増え、医療への接し方に多様性が生まれていくはずです。そして医療サイトに関しても、本当に必要な正しい情報を提供するサービス、メディアが残っていく時代がくるだろうと思っています。

ここから生放送中に寄せられた受講生のコメントを元に、モデレーターを務めたグロービス・キャピタル・パートナーズの高宮慎一を交えてディスカッションが行われた。

医療従事者・患者、両者の視点からビジネスを作り上げていく

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高宮:(生放送中の)コメントをみていると多かったのが、「病院での待ち時間が長い」、「わざわざ薬をもらいに行くのが大変」といったサービス受益者としての声です。一方で医療は通常のビジネスサービスと異なり、安全性を確保しなくていけない規制産業。ビジネスとして医療をみたときに、ビジネスとしての価値とインフラとしての社会的価値をどのように両立させているのですか?

豊田:「医療はサービスなのか、インフラなのか」という議論に答えはないと思っています。どちらも正解である一方、どちらかに振ると不正解になってしまいます。その中で、医療は「なんでこうなっているんだ」といった皆さんの不満がまだまだ多いのも実情です。これまでインターネットのようなテクノロジーがそれほど入ってこなかったこともその一因だと思うので、我々がインターネットビジネスとして医療に取り組むことで、患者さん、医療従事者、関係者全員にとってメリットがあるインフラを作れると思っています。なので、少なくとも現段階においては両立できると考えていますね。

高宮:ただ、今までと同じやり方をしていると社会んインフラビジネスはゼロサム(どちらかを取って、どちらかを捨てる)な議論になりがちだと思うんです。インターネットを導入することで、いかに両方を両立させられると考えていますか?

豊田:昔は病気か、健康か、のゼロイチだったと思います。「痛い」、「辛い」、「怪我をした」という症状で病院に行くという1と、元気という0。ただ、元気だとしても病気と認定されていて、治療しなければいけない0と1の間の人が増えてきています。症状はなくても病気という診断がついている人たちの通院を支援するという意味で、遠隔診療をはじめとしたインターネットが入っていく余地があると思います。

高宮:このシリーズは「巨大産業はインターネットでどう変わるか」をテーマに行っているのですが、まさに医療は40兆円にものぼる市場規模があります。規制で決められているが故に変われなかったという、他の業界とは違う特殊要因がある中で、最近では遠隔診療解禁や規制緩和の流れが起きつつありますよね。こういった規制に事業者として踏み込む、もしくは規制そのものに対して「こうあるべきだ」という政治もしくは官に働きかけていくことに関してはどのような考え方で取り組まれているんですか?

豊田:基本的には、「正しいことをやる」。この一点に尽きると思っています。私はもともと4年半医療現場で働いていたので、その経験を生かして医療従事者かつ経営者の立場から語ることができます。最近では官に対してお話をさせていただくことも多いです。ビジネス上の立場も、患者さんの立場も、医療従事者の立場も全部みているところがあるので、バランス良く重心を取りながら進めることができているのではと思います。

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高宮:「今後医療もどんどん自由診療を導入していき、払うお金に応じて受けられる医療サービスの質が変わってもいいのではないか」というコメントがありました。どこまで医療に市場原理を持ち込むべきなんでしょうか?

豊田:「ここまではユニバーサルにカバーしましょう」という誰もが受けられる範囲を決めて、そこから先は各人の自由であるという方向に向かうことが、今後必要だと思っています。現代では生活習慣病をはじめ長期治療が必要な慢性疾患が一般的になっており、自分の人生においてどのように医療と向き合うのかを決めなくてはならない、チョイスが生まれる世の中です。だとすれば、どうしても一律さは保ちにくくなっていきます。そのチョイスの部分に自由診療が入ってくることで、医療機関がある程度の収益性を担保する流れは出てくるだろうと思っています。

高宮:ユーザー視点のコメントが多かったので、ここでビジネス視点での質問も一つさせてください。トヨタの生産方式に「ジャスト・イン・タイム(JIT)」があります。メドレーにおいても、医療における各ステップに対して変革を行っていますよね。診断を受ける前の情報収集、診断そのもの、医療行為をどう効率的にアクセスできるか。わりとトータルのチェーンでカバーしようとしている印象を受けたのですが、そのなかでも特にこの部分は効率化の余地が大きいとか、もしくはトータルでやるからこそ効率化が図れると考えているのか教えていただけますか?

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豊田:ビジネス上の判断でいえば、実は医療や介護には単体で市場が大きく高い収益性を上げるサービスはそれほどないんです。とはいえ全体の市場は大きいので、様々な部分にビジネスとして張っているという側面はあります。例えば診療予約のオンライン化により、医療機関側の事務の方々の予約に関わる周辺事務プロセスをさらに改善できるという議論につながります。このように何か一つをやると、またすぐ隣の負が見えてくるんです。こうして医療プロセスを患者さん視点、医療機関視点で広げていくこともできると思っています。

高宮:そうすると、複数当事者に対する複数ゴールがあるわけですよね。会社として何をゴールに設定し、何をサービスのKPIにするかという話に落ちてしまうと思うのですが、経営の観点からはどういうゴール設定で係数を管理しているのですか?

豊田:一個一個事業に分けて因数分解していくと分かりやすいです。例えば、会社全体のKPIというと難しいですが、我々が目指す「納得できる医療」を因数分解することは可能です。納得できる医療に必要な知識であったりタイミングを因数分解し、事業に落とし込んでいく。それぞれの事業に対してKGIやKPIが出てくるので、四つの事業ごとにぶれないKPIは立てられると考えています。

最高のチームで日本の医療の未来を切り拓いていく

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高宮:組織としてメドレーをみると両側ですごくいい方を採用できていますよね。お医者さんの中でもピカピカの経歴を持たれている豊田さんをはじめとした医師がいたり、共同代表の瀧口さんはビジネス側でもシリアルアントレプレナーであったり、経営陣にも有名なベンチャーで事業を立ち上げた人などが集まっています。ベンチャーにとって採用は死活問題ですが、そこをうまくやっている秘訣はどの辺にあるんですか?

豊田:入ってくれたメンバーに聞くと、やっぱり「世の中のためになることがしたい」という想いがみんな強いです。医療は生まれるときも、死ぬときも関わるものです。いつかは親も死んでしまいますし、子供が生まれるときにも医療は関わってきます。「これを良くしたらみんな絶対に幸せになる」といった想いをぶつけやすい事業なので、そういう人がすごく興味を持って入ってくれて、やりがいを持って仕事していますね。ただ、「これをやったらすごく伸びる」といった裏口はないので、あくまでも根気強く、地道にやる必要があります。そういうのが好きな人たちが集まっていますね。

高宮:実際に採用に成功したとしても、あらゆる業界から優秀な人たちが集まると、カルチャーの違いも生じてくるかと思います。特に自信がある人たちを一つにまとめるのは難しいじゃないですか。そのあたり気をつけていることがあれば教えてください。

豊田:経営陣をはじめ、すごく優秀なメンバーが同じ方向を向けていることが良いことだと思っています。「日本にとってどうしたらいいのか」といった会話が普通にミーティングで出てくるくらいなので、常に会社の利益や社内に話が向かうのではなく、医療や社会全体にとってどうあるべきかを考える。それは医療従事者としての目線もエンジニアとしての目線も、みんなが「こうした方がいいものが作れるよね」という共通認識を持つことを常に意識していますし、みんながやってくれていることだと思います。

コミュニケーションはもちろんSlackなどのチャットツールを使うことはありますが、対面でのコミュニケーションも重視しています。そしてお互いが「俺の領域に入ってくるな」ではなくて、相互に歩み寄りながら知識を共有し、新しいものを生み出そうという姿勢を持っています。例えば医者もみんなGithubのアカウントを持つとか、エンジニアが診療報酬の本を読んでいたりという風景も見られますね。

高宮:さらっとおっしゃっていますけど、それめちゃくちゃ難しいと思うんですよね。普通に医療関係ないインターネットベンチャーでも意外と「エンジニアと営業が…」とかいう問題もあるので。

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豊田:それももちろんあります。とにかくそこは、議論して話す。例えばですが、遠隔診療のシステムにしても、顧客である医者が「こういうのを作ってくれ」という要望を出してきて、その通りに作っても、医師の想像を超えるものはできません。なので、医者が「こういうものがあったらいい」という声を開発チームが引き取る。「本質的にこれがシステムに必要なんだ」という部分を噛み砕いて、それをプロダクトに反映していく。なので、「餅は餅屋」じゃないですけど、医者は医療現場のことを伝えながらいいものづくりは開発チームがリードする、みたいなところはけっこう役割分担できているのがいいところかもしれないですね。

高宮:今日は「巨大産業はインターネットでどう変わるか」をテーマにお話してきましたが、やっぱりその産業に従事していて、現場が分かる人は必ず必要です。その一方、現場のやり方を当たり前だと思ってしまうとなかなか変えられません。医師である豊田さんはいかにそういった経営マインドや、「業界を変える」というスイッチを入れたのですか?意識が変わったきっかけがありましたら教えてください。

豊田:もちろんベンチャーに入ってまだ二年目ですし、代表歴もまだ二年。本当に会社のチームやメンバー、周りの人に助けてもらっていることを実感します。これはよくうちの開発陣とも話すことですが、やっぱり「医療×IT」のようにITの力を他領域に生かしていくことが本当に必要な時代だと考えています。なので「医者だからできる」という強みは生かしながらも、本当に世の中にいいものを作ろうと思ったら、自分だけでやるのではなく、エンジニアをはじめ各分野のプロとタッグを組むことが必要だという結論に着陸したんです。その上で、業界全体の負を解決するために常に広い視野を持つであるとか、本当に自分がやるべきことはなんなのか、という問いに背を向けないということはずっと考えていました。そんな折に、古くからの友人でもある瀧口からの誘いがあり、今自分はここにいます。

医療はすごく難しい領域ですし、病気のことなんて普段はあんまり考えたくないかもしれません。ただ、いつ自分の身に降りかかってきたり、自分の家族に降りかかるかもしれないものです。まだまだ医療にはたくさんの負がありますし、今後の日本の医療の未来を救っていかなくてはならないと思っています。まずは今見えている課題を解決していける会社にしていきます。

次回のテーマは「金融×インターネットの未来予測(freee株式会社)」。巨額の調達や多数の金融機関との事業提携を進める、FinTechのトップランナーである佐々木大輔氏とお金の未来と金融の未来を考えます。


コンテンツ提供元:Schoo
シリーズ「巨大産業はインターネットでどう変わるか」の全編視聴はこちらから。