不動産エージェントに力を与える。TERASSが挑む「中古住宅×個の時代」

住宅の購入は人生における最大の意思決定の一つ。それにもかかわらず、住宅選びのプロセスは消費者にとって非効率が多く、情報の非対称性に悩む人も少ない。また仲介会社にとっても、ここ数十年変わらないアナログなオペレーションが続き、働き方がなかなかアップデートされていっていない。

2021年2月、グロービス・キャピタル・パートナーズ(以下、GCP)は、DXで不動産売買を働く“人”から変革するTERASSへの投資を実行した。

TERASSは、フリーランス不動産エージェントファーム「Terass Agent(テラスエージェント)」と優秀な不動産エージェントが見つかる家探しマッチングプラットフォーム「Agently(エージェントリー)」の2事業を運営し、不動産売買領域のDXをEtoE(end-to-end)で支えていく。

本記事では、不動産仲介市場の非効率にエージェントのエンパワーメントという切り口で挑むTERASSの未来について、TERASS代表取締役の江口亮介氏と、投資担当であるGCPの今野穣氏、磯田将太氏に訊いた。

(取材・構成:福田滉平、写真:山下直輝)

遅れを取る日本の不動産仲介

──日本の不動産仲介市場が世界と遅れているというのは、どういったところなのでしょうか?

株式会社TERASS代表取締役CEO 江口 亮介
慶応義塾大学経済学部卒業。2012年に株式会社リクルートに新卒入社(現リクルート住まいカンパニー)し、SUUMOの広告企画営業として、約100社以上の不動産ディベロッパー担当。その後、売買領域のMP(Media producer)として、SUUMOの商品戦略策定・営業推進・新商品開発などに関わる。2017年にマッキンゼーアンドカンパニーに入社し、戦略・マーケティングを中心とした経営コンサルティングを手がけた後、2019年4月に株式会社TERASSを創業。個人で3回の不動産購入、2回のフルリノベーション、3回の不動産売却を経験。

江口:米国と比較すると本当に驚くほどで、2周、3周遅れていると思います。それはプレーヤーとしての不動産仲介会社、法律などの制度面、また消費者のリテラシーにおいても同様です。

代表的なのは、物件情報をどれだけ適時にかつ網羅的に、国や州が管理しているかという点です。米国では多くの州法で、ある物件が売りに出されると、物件が管理されるデータベースに24時間以内に130項目以上の情報を入力しなければならない、と定められています。一方の日本では、たった数項目を7営業日以内に入力すればOKで、チェックすらされないんです。

そうなると、大抵の場合で物件情報がしっかりと入力されないですし、また入力しない方が得になることもあるので、余計に入力されなくなります。こうしたことが積もり積もって、データの適時性と網羅性の観点で、大きく遅れをとってしまうんです。

例えば、米国では物件を調べるとすぐに価格予測ができるのですが、日本ではデータが蓄積されていないのでアルゴリズムを作りづらい。また、米国では誰が販売したのかというデータもちゃんと入っているので、どのエージェントがこの物件を売るのが一番うまいのかがすぐに分かるのですが、日本ではそれが分からない。

そのため、物件情報がオープンな米国では、エージェントがプロフェッショナルなコンサルテーションをする力がついているのですが、一方の日本は、物件情報がオープンではないので、エージェントが情報を提供するだけで介在価値が出てしまいます。ここで、サービスレベルも変わってくるのかなと思いますね。

──日本の不動産仲介会社の商習慣の古さについても指摘されることもあります。

江口:結構、劣悪です。いまだにやり取りはFAXが中心ですし、ポスティングを当たり前のようにやっている。IT業界の人たちが日常的にやっているようなことすら知らないし、知ろうともしない。技術進歩が浸透していないんだなとは強く思います。

一方で、そうした不動産仲介会社の人たちも、仕事以外では当たり前のようにiPhoneを持ち、LINEを使っている。このことが、今この時代に我々のようなビジネスをやるチャンスだと考えています。

株式会社グロービス・キャピタル・パートナーズ アソシエイト 磯田 将太
KPMGメンバーファームのあずさ監査法人にて、製造・情報通信・小売・エンターテインメント・エネルギーなど多業種の法定監査業務及びIPO準備支援業務に従事。2020年6月、グロービス・キャピタル・パートナーズ入社。早稲田大学政治経済学部卒。公認会計士。

磯田:江口さんのおっしゃる通り、物件情報の透明化が進んでおらず、制度面の遅れなど非常にアンコントローラブルな市場ではあるのですが、重要事項説明の電子化実現など不動産取引電子化が進み始め、この業界の変化は足元で感じている部分もあります。まさにタイミングとしてすごく面白いなと。なので、ここから5年くらいのスパンでは間違いなく変わるだろうなと思っています。

TERASSが所属するエージェントのオペレーションを支援していく過程で、業界内のパワーバランスが大手不動産企業から個人の不動産エージェントたちへと移った先に、もしかすると、業界でなかなか変わってこなかった、物件情報の透明化といった大きな山も動くのではないかという期待感を持っています。

「中古住宅×個の時代」が変化の追い風に

──不動産業界にも少しずつ変化は起きているということでしょうか?

江口:「中古住宅の時代」と「個人の時代」という2つの潮流があってこそ、今僕たちがやっている事業に意味があるなと思っています。

中古住宅の時代というのは、かつては新築物件に偏重し、取引の3割しかなかった中古物件の割合が、今は5割ぐらいになってきているということです。

新築と中古では全く売り方が異なります。例えば、ある不動産会社の新築物件はその会社しか売ることができない一方で、中古物件の85%くらいは公開物件なので、物件情報がある程度流通するため、取り扱える物件情報は基本的に誰でも一緒です。ゆえに個人が活躍しやすく物件情報も提供しやすい。エージェントであろうと個人であろうと大企業であろうと、情報の格差は減ってきています。

こうしたなかでノートパソコンやスマートフォン、また、コワーキングスペースや副業といった考え方が浸透し個人で仕事ができるようになり、個人の時代が到来しています。

では不動産業界はどうなのか言うと、まだまだそうした動きは少ない。しかしやれるのにやっていないだけなので、我々が環境を提供してあげれば、個人で働きたいという人が絶対いると思っています。

──既存の業界大手から独立するような動きは、あるのでしょうか?

江口:起こってくると思っていますし、そういう方々が今、Terass Agentに集まってきています。YouTubeで自分のチャンネルを持ちながら集客している人もいれば、主婦兼エージェントというかたちで十分な収入を得ている人まで、自分の特技を活かしながら副業や兼業をベースに活躍している方がいらっしゃいます。他にもパーソナルトレーナー兼不動産エージェント、また行政書士をやりながら不動産エージェントをやっているという人もいます。

磯田:一部の大手に所属している人たちを中心にキャリアに対して少し硬直的になっているというだけで、何かきっかけを与えるだけで一気に大きなムーブメントが不動産仲介の領域でも起こるんじゃないかなというのは、感覚としてあります。

株式会社グロービス・キャピタル・パートナーズ 代表パートナー 今野 穣
経営コンサルティング会社(アーサーアンダーセン、現PwC)にて、プロジェクトマネジャーとして、中期経営計画策定・PMI(Post Merger Integration)・営業オペレーション改革などのコンサルティング業務を経て、2006年7月グロービス・キャピタル・パートナーズ入社。2012年7月同社パートナー就任。2013年1月同社パートナーおよび最高執行責任者(COO)就任。2019年1月同社代表パートナー就任、現在に至る。 東京大学法学部卒。

今野:「個のエンパワーメント」というのは、一つの当然の流れにはなっていますよね。上場しているフリーランスプラットフォームのランサーズやハンドメイドマーケットのクリーマなども、この流れを汲む代表的な企業です。

これからの日本が大量生産、大量消費、生涯雇用といったものを維持しようとしても無理で、間違って歪んだままの固定概念に盲目的に服従しよう、といった考え方が終わるのは自明です。今回のパンデミックのようなきっかけは、情報の非対称性や雇用者と被雇用者との不平等のようなものをゼロリセットできるチャンスだと見ています。このタイミングは、結構大きいと思いますね。

エージェントを支える仕組みが秘訣

磯田:大きな潮流としてギグワーカーやソロプレナーが増えているなか、不動産の領域でも同じようなことが起こり得るだろうという大前提はあるものの、とはいえお客さんの視点からすると、大手の看板あるところに行くと良い物件が来るという植え付けられたイメージもあると思っています。そうである以上、大手に所属するエージェントの方が独立して1人で食べていくという感覚をなかなか持ちにくい部分もあるのではないかと。

こうしたなか、TERASSはエージェント個々人を支援する形で、個人でも不動産業務を一気通貫にできるような仕組みを整え始めている。すでに利用しているエージェントの方にヒアリングしてみると満足度もすごく高いです。

今野:マクロの流れに加えて、TERASSが独立を支援できるプロダクトをしっかり持っていて、さらにそれを強くしていくことが大事だと思っています。単純にプロのエージェントだけ集めればいいのかと言えばそうではない。TERASSを利用すれば、いきなりポンと独立しても、面倒なバックエンド業務をTERASSのクラウドを使ってできるわけです。

人生の一大決心によりそう

江口:家探しは人生における一大決心なのに、たまたまポータルサイトで物件問い合わせをしたエージェントが、そのまま自分の担当者になるといった、運の要素が大きすぎるのは良くないなと思います。

「住みたいエリアも決めておらず、資金のコンサルテーションからしてほしい」という人など、家を買いたい人のニーズは多様です。そのため、物件情報を持っている人がいいのか、コンサルテーション力がある人がいいのか、その人にとってベストなエージェントも多様になります。こうしたそれぞれのニーズに応えるため、家を探す時には、エージェント探しからしっかりできるような世界にしたいなと。

──ニーズに応える「いいエージェント」とはどのような人でしょうか?

江口:ひとことで言えば、「お客さんをコンサルテーションできる人」ですね。ベースとしての知識やスキルは当たり前として、一番よくいうのが「軸ずらしができる人」です。

例えば、予算5,000万円で不動前に物件を探しているが、なかなか決まらないという人がいたとします。そうしたときに、この人から話を聞いていった上で、「この条件であれば、上野や錦糸町でも同じ希望満たせますよね、なぜなら……」と人の意思決定を変えられる人が「軸ずらしができる人」。その結果、錦糸町で希望の家が買えたら、それっていい買い物だと思うわけです。

他にも、資金計画から一緒に立て、この人のおすすめする物件だったら買ってもいいなとお客さんから信用され、物件ベースじゃない家探しが進み、成約に結びつき、最終的に満足いく暮らしができるというのも理想的な流れです。

実はこの話には、僕が初めて家を買った時の経験もあります。当時、築浅の物件を買いたいと探していたのですが、なかなか見つからず、家探しを面倒くさく思っていた時にある人と出会いました。その方は、僕の希望条件であれば、古いマンションを買ってリノベーションしたほうが良い、と言うんです。「え?」みたいな。「古いマンションは不安だな」という印象があったのですが、いろいろと説明をしてくれ、良い物件情報も紹介してくれた結果、物件が出て2日で即決というスピード感で決めた物件にとても満足して住んでいました。

物件情報は自分でもある程度仕入れることはできます。しかし、この過程で人の介在価値をものすごく感じました。実はこの経験がTERASSのサービスに繋がっていたりします。

不動産エージェントを子どもの夢に

今野:この前見つけて驚いたのが、有名な歌手のアリアナ・グランデの旦那さんは、不動産エージェントなんですよ。米国の不動産エージェントは日本とぜんぜん地位が違う。その人のページに行くと、それこそベンチャーキャピタリストみたいに、出生地から出身校から個人のバイオグラフィーがすべて載っているんです。

江口:人を売っているんですよね。米国では資格も日本よりも難しいという点もあるのですが、「医者、弁護士、不動産エージェント」というくらいライセンサーとしての地位があります。

僕たちも「不動産エージェントを子供の夢にしたい」っていう話をするんです。今、不動産エージェントになりたいと思っている子どもって全然いなくて、それこそ「YouTuberの方が良さそう」って思うじゃないですか。でも、不動産エージェントも上手くやるとYouTuberぐらい稼げるかも知れないし、本来専門性もあって個人でやれる職業のはずなんです。まだまだ社会変革が必要だなと思いますね。

今野:そういう意味ではベンチャーキャピタリストも米国では最も崇高なプロキャリアの一つですが、日本では銀行の派生事業からスタートして、20年くらいかけてプロっぽくなってきました。

他には生命保険も同じ。大手の日本生命、第一生命が、凄い軍隊組織を作っていたところから、ソニー生命、プレデンシャル生命と個人のプロフェッショナルに力点が移っていきました。時間がかかるかも知れませんが、多分同じことなんだと思います。単価が高く大きなお金が動くものは、同じ動きをしていく。そうしたなか、なぜか不動産だけ変わっていなかった。

江口:そこは経済の本質だと思っています。高度経済成長期には効率的に繰り返すことが良しとされていた時代もありましたが、もう今はそうではない。経済成長が踊り場の時は、個人のクリエイティビティやスキルがより重要になってきます。だからこそ働き方も個人化したほうが良くて、誰かが個人化しやすい環境を作ってあげるという風に経済が進化していくのは必然だなと思います。

──そういった時代背景の中で際立つ、TERASSの強みはなんでしょうか?

江口:不動産仲介を個人でやっているとIT投資もなかなかできないので、僕たちが個人のエージェントをたくさん抱え、IT投資を行うことで、不動産仲介のユーザビリティやUXを変えていくことを目指しています。

またテクノロジーに加えて、僕たちは実務面にも深く関与しています。不動産の業務って複雑で、経験していない人にはなかなか設計できません。一方で不動産業務の経験のある人だと、今度はテクノロジーに明るくないので、DXができなかったりします。この稀有なチームだからこそやれている部分もあるのかなとは思いますね。

TERASSの未来

──今後のTERASSの目指す姿について教えて下さい。

江口:家を買ったり売ったりするという、大事な消費行動がいい体験になったらいいなと思っています。

個人で活躍する多様性のあるエージェントがたくさん生まれ、彼らが生き生き働くからこそ、お客さん各々のニーズにあったマッチングができる。そして、面倒くさいことは我々がサポートする。こうして良い取引がたくさん生まれる。というのが目指したい世界ですね。

そのために、これからもエージェントを増やして、規模を拡大し、投資をして、UXを高め、面倒くさい業務を自動化していく、ということをやっていくのが僕たちの事業です。

磯田:世界観としては、不動産を探すならTERASSを使うよね、という認知が一定広がるっている状態が理想的な姿だと思っています。

当然、今不動産を探すとなると、基本的には大手の不動産ポータルサイトが第一想起され、そこで自動的に会ったエージェントと家を相談して、その結果満足行くか行かないかわからないけれど、家が決まっていく。そうではなく、家を探している人の頭に「良いエージェントと家を選ぶなら、TERASSを使おう」と浮かぶことが、一定の消費者行動として広まっているような世界感を目指してほしいなと。

──今後も中古売買にフォーカスは続けるのでしょうか?

江口:中古売買にフォーカスしていきます。それと同時に中古売買といっても、周辺には保険・リノベーション・住宅ローンなど様々な領域が存在します。そして「家の売買がもっと良いものになればいい」という観点で見ると、まだ不足しているところが多いです。

我々はエージェントというお客さんとのハブ・接点を抱えているので、売買周辺のものも提供していきたいですし、エージェントにとっても「他社はできないけれど、Terass Agentだとできますよ」と言えるようになると、顧客体験も向上し、かつTERASSでエージェントになりたいという人も増えていく、という良い循環が生まれるはずです。

──周辺領域も不動産売買と同じように課題を抱えている。

江口:不動産取引は登場人物が多く、地主、売仲介、買い主、買い仲介、銀行、司法書士、法務局……と各々の都合が絡み合って面倒になっている部分があります。

米国では新興の不動産仲介会社が上場して、住宅ローン機能を持ち始めたり自社の住宅保険を持っていたりと、巨大化することによって様々な周辺サービスをバンドリングし、UXを高めることができています。将来的にはそこまでやりたいなと思っています。

(了)