Googleでも手が出せない?「クリーニングのDX」に取り組むホワイトプラスが築いた“参入障壁”

製造業を変革するキャディ、建設業界をアップデートするオクト……グロービス・キャピタル・パートナーズ(以下、GCP)は、未だデジタル化が進んでいない“レガシー産業”にイノベーションを起こすスタートアップへの投資を積極的に行ってきた。

2020年3月、「クリーニング」のDXに取り組むホワイトプラスへの投資を実行した。2009年に創業したホワイトプラスは、Webやアプリから注文し、“自宅にいたままクリーニング”ができるサービス『リネット』を提供。店舗を訪れたり、取りに行ったりする手間を省き、忙しい現代人の「自由な時間」を創出している。

本記事では、ホワイトプラス代表取締役社長・井下孝之氏、投資担当を務めるGCPのベンチャーキャピタリスト・福島智史にインタビュー。3,500億円市場であるクリーニング産業の負を解消すべく、オフラインのオペレーション構築とシステム化を重ねた末に、「Googleでも手が出せない」強固な参入障壁を生み出した軌跡をたどる。

(取材・編集:小池 真幸、写真:高橋団

事業者も生活者も非効率だらけ──3,500億円市場が抱える“負”

──ホワイトプラスは、クリーニング産業のDXに取り組んでいるのですよね。

株式会社ホワイトプラス 代表取締役社長 井下孝之氏
2005年 神戸大学工学部卒業。神戸大学大学院 工学研究科(旧 自然科学研究科)中退。2006年7月 エス・エム・エスに入社し、営業、経営企画、新規事業開発に従事。2009年にホワイトプラスを創業。

井下:現時点ではそうです。ただし、クリーニングは最初の一歩。僕たちは、生活におけるあらゆる無形サービスをデジタル化しようとしています。

無形サービスは、対面のコミュニケーションが必要で、業務プロセスも複雑です。それゆえシステム化が難しく、デジタルシフトが進んでいません。僕らはクリーニングを皮切りに、こうした領域のDXを進めていきたいんです。

──クリーニングは入口にすぎないと。

井下:はい。とはいえ、いま取り組んでいるクリーニングのDXからして、かなり難易度が高い。

クリーニング産業は、市場規模3,500億円と、決して小さくないマーケットです。一方で、明確なナンバーワン企業がおらず、最大手でも約250億円しか売上高がありません。「クリーニング屋」の第一想起を調査したアンケートでは、6割の人が「町のクリーニング屋さん」と回答しています。市場の大半を中小企業が占めており、業界をリードする存在がほぼいないことから、業界全体を一気呵成に変革するのが難しいんです。

寡占化が起こっていないのは、事業規模を拡大するインセンティブが働きにくい市場構造だからです。クリーニングビジネスは店舗コストが約50%をも占める上に、工場での生産原価がそこからさらに35〜40%かかります。つまり、クリーニングビジネスにおいて、本部機能にかけているコストはわずかしかありません。そのため多数の店舗を展開しても、スケールメリットが効きづらいんですよ。

それにもかかわらず、曜日や時間帯によって、店舗に訪れる人の数にはかなり偏りがあり、平日の朝と夜、週末に集中する。お客様が並ばなければいけないことも、多々あります。また、クリーニングに出しに行くときと、受取に行くときで、2回も店舗を訪れる必要があるのは面倒ですよね。少なくない時間を取られますし、他の予定も入れづらい。

現状のクリーニング産業は、店舗と顧客、両者にとって非効率な状態なんです。Webやアプリでクリーニングを完結できる『リネット』を普及させることで、この負を解決したいと思っています。

「明確にNo.1」の地位を築けている理由

──それだけ非効率性が高いと、参入を企てる会社も少なくなさそうです。競合としてはどんな企業が挙げられますか?

井下:実は、ホワイトプラスのようなネットで完結するクリーニング事業を手がけている企業は、現状ではほとんどいません。

海外のスタートアップをはじめ、実店舗を持ちながらネット型クリーニングに挑戦するケースは多い。でも、店舗がある限りコストを減らせないので、ビジネスとしての旨味が少なく、みんな撤退してしまいました。

また、クリーニング会社の中には工場直結でサービスを提供するクリーニング会社もあります。しかし、IT企業ではないので、自社でのシステム構築が難しく、既存のECシステムを利用することになります。クリーニングに最適化されていないシステムで、低単価の取引を大量に捌くことは難しいので、日常利用するには割高なパッケージ商品ばかり取り扱うことになります。すると、一部のユーザーが年に数回、まとめて利用するケースがメインになり、スケールは難しい。

──ホワイトプラスだけが、店舗を持たずに、普段使いしやすいサービスを構築できていると。

井下:立ち上げだけで3年もかけて、ネット型のクリーニングに最適なオペレーションを構築し、システム化してきましたから。

昨今だと「DX」と呼ばれているような、リアルとネットをつなぐビジネスは、既存のオペレーションをオンライン化していくパターン、もしくはオンライン上でマッチングを行うパターンが大半です。しかし、僕らはそのどちらでもありません。

既存の仕組みを無理矢理デジタル化しようとすると、全体最適の形はつくれない。「新しい日常をつくる」というビジョンに共感した、技術よりもサービス志向のメンバーが多いからこそ、リアルのオペレーションそのものを変えながらオンライン化するという、困難な道のりを歩めているのだと思います。

株式会社グロービス・キャピタル・パートナーズ ディレクター 福島智史
ドイツ証券株式会社 投資銀行統括本部にて、M&Aアドバイザリー並びに資金調達業務に従事。2014年4月グロービス・キャピタル・パートナーズ入社。東京大学経済学部卒。

福島:工場も含めて独自のオペレーションを構築し、競争優位性と参入障壁を生み出せているのは、ホワイトプラスの強みですよね。そして何より、GCPがホワイトプラスに投資したのは、ネット型クリーニング市場で明確にナンバーワン企業だからです。ナンバーワン企業とナンバーツー企業では、マーケティングにおける獲得効率に大きく差が出ますから。

「Googleでも手を出せない」地道な積み重ねが生んだ参入障壁

──井下さんはもとからクリーニングに関心があったのでしょうか?

井下:いえ、創業前は完全に門外漢でした(笑)。起業を考えはじめていた頃、とある勉強会で共同創業者の齋藤亮介(現・ホワイトプラス取締役)と森谷光雄(現・ホワイトプラス取締役CTO)に出会ったのが、ホワイトプラスの出発点です。「なぜ起業するのか?」といった“そもそも”の目的から徹底的に話し合うなかで、「儲けたい」だけではなく、「世の中に価値を生み出したい」ことを一番のモチベーションにしている点で、価値観が一致していると確信しました。そうして、このメンバーで起業すると決めたんです。

創業を決めた後は、「世の中に価値を生み出す」という大方針に則って、ビジネスプランを150個ほど出し合いました。そこで出てきたアイデアの一つが、『リネット』につながる、ネット型のクリーニング事業だったんです。「オンライン化されていないサービスをデジタル化する」という独自の価値を生み出せる点、ストック型のビジネスモデルである点がしっくり来て、「このアイデアでいこう!」と腹が決まりました。

──今でこそ「DX」がバズワード化していますが、創業された2009年当時は、スマートフォンすら普及していませんでしたよね。「ネットとリアルをつなぐ」といった発想が、なぜ出てきたのでしょう?

井下:インターネットで完結する領域で戦っても、Yahoo!やGoogleのような大手企業には勝てないと思ったんです。であれば、大手IT企業がまだ進出していない領域に打って出たほうが、スケールする余地がありそうだなと。

僕は常に、時代の変化の先端を走っていたかった。ビジネスプランを考えるとき、時価総額1兆円の企業がいつ生まれたのかを調べたら、戦前と戦後に集中していると気づきました。また、IT系のメガベンチャーも、ほとんどがインターネットの普及期に生まれている。目先の流行に乗るのではなく、次の流行の兆しを捉えてベットしないと、大きなインパクトを与える企業はつくれないと考えました。

──サービスをローンチした後の手応えはいかがでしたか?

井下:すぐに注文をいただけたので、まずは「求められているサービスなんだな」と分かって安心したのを覚えています。また、初めてリピートしていただけたときの嬉しさも印象に残っています。ストック型のビジネスモデルなので、リピートしていただけないと意味がありませんから。

ただ、システムを構築していく過程は本当に大変でした。種類もサイズもバラバラな衣服に対応するため、オペレーションを組み上げ、システム化していかないといけません。クリーニング業界でのビジネス経験もなかったので、最初の3年間は、検品センターを自分たちで運営しながら、手探りでオペレーションやシステムを洗練させていきました。

とりわけ、業務を自社の検品センターからパートナー工場へと移行していくときは苦労しましたね。先程も紹介した共同創業者の森谷が、2ヶ月間ずっと工場に付きっきりで、工場の方と信頼関係を築きながらオペレーションを構築してくれました。

福島:こうした地道な積み重ねこそが、他の追随を許さない強さを生み出していると思うんです。極端な話、Googleが似た事業を立ち上げようと思っても、立ち上げコストが膨大すぎるので、簡単には手を出せないと思います。

ToCとToB、両方のダイナミズムを味わえる環境

──これまでの積み重ねを武器に、今後はどのように事業を展開していく構想でしょうか?

井下:冒頭でもお話した通り、僕たちが挑んでいるイシューは、生活におけるあらゆる無形サービスのデジタル化です。ゆくゆくは、生活サービスを提供している他社とのアライアンスを構築したり、クリーニング以外の生活領域でも事業を手がけたりしていきたいと思っています。ハウスクリーニングのマッチングプラットフォーム『kirehapi(キレハピ)』を立ち上げたのは、その構想を推進する第一歩です。

とはいえ、クリーニングのDXですら、まだまだ道半ば。まずは『リネット』の認知率向上が急務です。ネットリサーチのデータによれば、現在の認知度は5.7%ほど。一般に、サービスが普及するのに60%の認知が必要と言われているので、早期にこのラインを超えるため、マーケティングに注力していきます。

また、プロダクトのさらなる磨き込みも必要です。Android版のアプリは未開発ですし、『リネット』内のサービスどうしの連携もまだまだ弱い。


福島:『リネット』はWebサービスのなかでも珍しい、「生活の中に入れる」サービスです。生活における多くの領域に、拡張していけるポテンシャルを秘めている。定期的に家の中に届く、インフラ的要素も強いサービスとして、生活スタイルをアップデートしていってほしいですね。

──構想を実現していくため、どんな人に仲間になってほしいですか?

井下:「新しい日常をつくる」というビジョン、「のびしろで戦う」「心遣いで仲間を笑顔にする」「気づいたらすぐ行動」というバリューに共感している人に力を貸してほしいです。

特にエンジニアは、フロントエンド、バックエンド共に人手が足りていません。複雑なシステム構築を経験してきたSIer出身の方や、「代表作をつくりたい!」という想いを持っている方に、たくさんお会いしたい。多くのステークホルダーと連携しながら、まだ誰も開拓していないホワイトスペースを、主体的に開拓していく気概のある方をお待ちしています。

福島:ホワイトプラスは、ToBとToCの両方に価値提供できる、ユニークなプロダクトを手がけています。

昨今、レガシー産業の変革を手がけるBtoBスタートアップが勢いを増していますよね。そうした企業のビジネスは、産業に与えるインパクトは大きいものの、バーティカルな領域ゆえに、世界を変えている実感が持ちづらい側面もある。一方でホワイトプラスの事業は、クリーニングというレガシー産業を変革しつつ、人びとの生活をダイレクトに変えていける手触り感もある。

また、チームワークの良さも印象的です。10年間ずっと同じ経営メンバーで、しっかりと事業を伸ばせているスタートアップは珍しい。安心感を持って事業に取り組める環境だと思います。

(了)