業界未経験者が手がける“建設版Slack”は、日本の福音となるか。50兆円市場でユニコーンを目指す、「ANDPAD」の挑戦

建設業界は国内約50兆円と巨大な市場規模を誇るが、労働生産性には大きな改善の余地が残されている。情報は紙で管理され、コミュニケーションは電話やFAXがメインと、旧態依然とした慣習が根強く残っているのだ。

そうした“レガシー産業”の負を解決すべく、真正面から斬り込んでいるITベンチャーがいる–––建設現場の業務効率化を実現するプロジェクト管理ソフトウェア「ANDPAD」を提供する、株式会社オクトだ。

2016年のローンチ以来、着実に導入社数を伸ばし、2019年3月時点で1,600社以上に導入されている。2019年3月には、約20億円の資金調達を実施。グロービス・キャピタル・パートナーズ(以下、GCP)が新設した第6号ファンドの投資先第一号となり、あわせて同社の最高執行責任者である今野穣が社外取締役に就任した。

創業者の稲田武夫氏は、実は建設業界出身ではない。新卒でリクルートに入社しWebサービスに従事してきた彼が、なぜ畑違いの建設業界に着目したのか。稲田氏と今野に、競合企業に追い抜かれない3つの強みから、投資の決め手となった「発明」といえるプロダクト設計、建設業界から波及し日本全体にインパクトを与える展望までを語ってもらった。

(構成:水落絵理香 編集:岡島たくみ

高難易度ゆえ、ブルーオーシャン。ANDPADは、3つの強みで突き抜ける

株式会社オクト 代表取締役 稲田武夫氏
2008年、株式会社リクルート入社。人事部を経て、ネットビジネス推進室にて、大規模サイト集客・SEO、開発に始まり、新規事業開発プロデューサー(事業責任者)に従事。2014年4月より現職。

稲田武夫(以下、稲田):僕たちが提供する「ANDPAD」は、建設事業の施工現場でスムーズなやり取りを促進し、業務を効率化するプロジェクト管理アプリです。クラウドで現場の情報や経理の情報管理の一元化を、チャット機能でコミュニケーションコストの削減を実現します。

建設業界では職人の人口減が大きな問題となっており、生産性向上はマストです。しかし、建設現場はとてもアナログで、非効率な習慣が根付いてしまっているんです。たとえば、情報は基本的に紙で管理されており、コミュニケーション手段は電話やFAXがメインで、現場の方々は連絡が発生するたびに作業を止めなければいけません。

GCP 代表パートナー 最高執行責任者(COO) 今野穣

今野穣(以下、今野):建設現場での業務は、効率化の余地がたくさん残されていますよね。現場監督はほとんど兼業ですし、1つの現場で複数の業者が入れ替わり出入りしている。さらに、業法によって作成を定められた報告資料も膨大です。

稲田:建設に関する事業を行っていますが、あくまで僕たちは「プロダクトを開発できる人材」を多く有し、エクイティファイナンスを活用するIT企業です。また創業当初から建設業界で働く方々の生の声に触れてきたが故に、「業界理解」も日々磨いている。これらすべてを揃えた企業は差別化ポイントだと自負しているし、僕たちはこの3つを今後も突出させていくつもりです。

オクトの組織はIT業界と建設業界の出身者が混合して構成されていて、建設現場の問題を目の当たりにしてきた人たちの声をサービス開発に反映できる体制を敷いています。ANDPADは特にシンプルなUIが好まれているようで、実際に「普段、PCに触れる機会の少ない職人さんでもスマホアプリは使ってくれている」という声をよくいただいているんです。

今野:多くの企業は、良いプロダクトを開発しようとして自己満足に陥り、利用者のリテラシーに見合わないような難易度の高い機能を盛り込みがちです。しかし、ユーザーが使いにくいものをつくっても意味がないですよね。ツールをシンプルにするのは、便利さを削ぎ落とすことにもなるので、勇気がいることだと思います。

ANDPADのような特定の分野に向けたソフトウェアを開発する場合、IT技術と業界知識を掛け合わせなければいけないので、難易度が高い。建設現場の業務効率化を目指すのであれば、IT技術者と現場をよく知っている人とがタッグを組まなければいけない。バックグラウンドが全く異なる両者が協力しあえる環境をつくるのは、そう簡単ではないです。しかし逆に、難易度が高いからこそブルーオーシャン。オクトなら、どこまでも突き抜けられると感じます。

業界に疎いIT屋だからこそ、問題点を炙り出せた

今野:そもそも、なぜ建設業界に切り込もうと考えられたんでしょうか?稲田さんは、この業界で働かれた経験はありませんよね。

稲田:ありませんね。今の事業領域を選定したきっかけは、オクトの創業初期にリフォーム会社を検索できるサイト「みんなのリフォーム」を立ち上げたことです。僕自身がリフォーム会社を探していたときに、どう探せば良いかわからなかった経験から、「簡単に業者を探せるサービスをいっそ自分でつくってしまおう」と考えてつくりました。すると、さまざまな会社と対話するなかで非効率に感じる業務がたくさんあり、今の事業領域に行き着いたんです。業界外の人間だからこそ、アナログなプロジェクト管理に違和感を持てたのだと思います。

今野:「みんなのリフォーム」立ち上げが、建設業界と接点を持つきっかけになったわけですね。

稲田:もともと、第三者として業界で働いている人の日常の「負」を解決できるサービスをつくりたかったんです。ビットバレーの盛り上がりも終盤という頃に大学生だったのですが、当時から仲間とwebサービスづくりに熱狂していて、小さなオフィスで仲間たちとPC画面と向き合う日々を送っていました。

新卒入社したリクルートでは新規事業の立ち上げに携わり、ブライダル事業をはじめさまざまなサービスに関わりました。当時与えらえれたミッションは、「5年後に営業利益5億円を突破する事業を創出する」ことで、複数のサービスを検討しましたが、うまくいったのはたった1つだけ。

数々のサービスを検討するなかで、自分が世の中へ感じる「負」をエネルギーにして事業を生み出すことに限界を感じ、第三者だからこそ解決できる「負」を探していました。建設業界はまさに日本をリードする産業で緩やかにIT化の兆しがあり、自分が業界経験者でないゆえに気づける課題がたくさんあったんです。

今野:建設市場は約50兆円と巨大な規模を持つにも関わらず、これまでITの力で課題解決を志向するベンチャー企業がありませんでしたからね。

稲田:これほど巨大な市場にも関わらず、国内で最も生産性が低い。建設業界の労働力不足問題は、もはや日本最大の課題の一つだと捉えています。「みんなのリフォーム」を通じて1年間、建設業界と触れ合ってきたなかで、ITが介在する価値を強く実感しました。業界の一次情報に触れれば触れるほど、ITで貢献できそうなテーマがどんどん見つかるんです。

今野:市場規模の大きい業界を選定し、業界が抱える問題に斬り込む。業界の選定自体は、ちょっと調べる力があれば誰にでもできそうな印象があります。そこから成功できた要因は、何だと思われますか?

稲田:空振りを前提にチャレンジし続けたからではないでしょうか。この業界にコミットすると決めてから、複数のサービスをつくり、兆しが見えるまで決して諦めなかった。あとはスマホ普及や、それに伴ってチャットカルチャーが浸透したタイミングが重なったのも大きいと思います。2015年秋頃からスマホシェアが上がり、人びとのチャットコミュニケーションに対する抵抗もなくなって、導入に前向きな企業が増えたんです。

創業して最初の2年間はまだ業界内にガラケーを使っている人が多く、ANDPADの構想を建設企業に見せても「そんなの誰も使わない」と相手にされない場合がほとんどでした。業界の中には「IT屋」に苦い思いを持っている方も多かったですしね。

今野:ある意味“泥臭く”事業を推進していたのですね。稲田さんはとてもスマートで、苦労することなく順調に成長してきた印象があったので、意外でした。

稲田:いやいや、当初も今も泥臭いことばかりですよ。2014年の創業以降、苦手でやったことがなかった新規開拓営業をなんとか続けてたし、役員報酬はずっと25万円でギリギリの生活をしていました。なかなか芽が出なくても地道に事業と向き合い続けたことで、今ようやく成功の兆しが見えてきたと感じています。

「発明」と呼ぶべきプロダクト設計

稲田:GCPさんとの出会いを思い返すと、シリーズAの資金調達前に、今野さんやプリンシパルの福島智史さんとお会いしたのが最初でした。

今野:稲田さんの学生時代からの知己であるラクスル代表の松本恭攝さんからも、「オクトは素晴らしい」と聞いていました。稲田さんと初めてお話ししたとき、事業内容の良さはもちろん、非常に目的思考が強く軸がブレない人だと感じましたね。ぜひ力になりたいと思って、シリーズBを迎えるタイミングで投資を打診したんです。

投資を決めた理由としては、まず「急成長が見込める」点が挙げられます。短期間でプロダクトを大きく成長させるのが難しいBtoB SaaS領域で、業界特有のオペレーションを踏まえつつ、自然増殖していくモデルを開発できたことは「発明」と言っていい。同じような事例はほとんどなく、Slackぐらいじゃないでしょうか。

今野:また、当社が新設した375億円規模の6号ファンドからの投資に際しては、出資先がどれほどの規模の市場で戦おうとしているのかを見ています。大きな市場を変革するユニコーン企業を生み出したい意図からファンドを設立しており、市場を変革するにはそれなりの元手が必要ですから、1社あたりの最大投資額を50億円に設定したんです。

オクトが目指す「建築業界の労働生産性向上」は、まさしく「大きな市場に変革を起こす」もの。当社の方向性と完全に合致していたので、「パートナーとして併走したい」と強く思いました。オクトのようにビジョンが合致し、可能性しか感じないような企業が最初の投資先になったのはとてもメモリアルだと感じています。

ちなみに、3月の資金調達では、当社以上に良い条件を提示するVCはたくさんあったと思います。そのなかからなぜ当社をパートナーに選んでいただけたのでしょう?

稲田:これから会社をさらに大きくしていくために、しっかり僕たちに向き合ってくれ、事業戦略や組織マネジメントに関して濃い議論ができると確信したからです。それに、今野さんが僕以上に事業の魅力に惚れ込んでくれていたことや、信頼できる起業家の友人から、GCPさんは「経営が危機的状況になるなど、苦難に向き合うときに支えてくれる」と聞いていたことも大きいですね。

建設業界から波及し、日本全体の福音となる

今野:最後に、今後の展望を教えてください。

稲田:当社のミッションは「建設業界で働く人を幸せにする」こと。今は生産性向上に取り組んでいますが、それもミッションを果たすための1要素でしかない。これから業界内のさまざまな問題解決に取り組んでいく予定です。

今後はより解像度を上げて、ミクロな課題も解決したい。たとえば、建設現場には足場組立ての専門業者がいて、彼らの資材管理を効率化させるためのツール開発を構想しています。ひとくちに建設業界といっても、施行業者、リフォーム業者、不動産業者などさまざまな業種が含まれています。それぞれに目を向けると、問題はいくらでも出てくる。

当社はANDPADを通じて蓄積された建設業界のヒト・モノ・カネに関するデータを保有しているので、アナログな管理がはらむ多くの課題を解決できるはずです。人材、開発力、データなど、私たちが持っているアセットを活用し、1つでも多くの問題を解決していきたいですね。

今野:オクトは、将来的にはソフトウェアと建設業界をつなぐハブになるでしょう。ソフトウェアのレイヤーで一定のマーケットシェアを獲得した後には、それを土台として更にいろいろな発展可能性を秘めています。建設業界の問題は、規模が規模だけに、業界内だけでなく日本全体にも影響が及ぼされます。巨大マーケットに対して、ちまちまと攻めていたら、いつまで経っても社会は変わりません。オクトのように、ギャンブルではなく確かな勝算を持って大きな勝負を仕掛けるベンチャーが、もっと増えていくといいですね。


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