「他社の組織設計を真似ても意味がない」ーー及川卓也氏が考えるスタートアップの成長論

グロービス・キャピタル・パートナーズ(以下、GCP)が顧問契約を締結している及川卓也氏が、エンジニアマネジメントの要諦を語るインタビューの後編。本記事では、及川氏がメンタリングを手がけるGCPの投資先企業・株式会社フォトシンスの代表取締役副社長渡邉宏明氏とCTO本間和弘氏を交え、メンタリングの意義についてディスカッションが行われた。

月に一度定期的に行われるメンタリングを、及川氏は「知識の切り売りが目的ではない」と話す。経営知識が少なく、経験の浅い若い企業組織は、外部の人間を交えた議論があることで前進していくことができるという。

GCPの取り組みを「組織の“駆動開発”だ」と語る言葉の真意、組織が飛躍するために肝要な組織設計など、及川氏が考えるスタートアップの成長論を伺った。

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(構成:オバラミツフミ 編集:長谷川リョー

エンジニアと非エンジニアの溝を埋めるには?


及川卓也氏

湯浅エムレ秀和(以下、湯浅):GCPが及川さんにメンタリングの機会を持っていただいているのは、ベストプラクティスの共有や具体的なアドバイスをいただきたいというのはもちろん、「組織の中からは、不満がなかなか言い出せないこともあるのではないか」という前提があるからでもあります。たとえば、創業メンバーのCTOに、新しくジョインしたエンジニアが意見を言うのは難しいのではないかと。及川さんは、どういった視点でメンタリングを行っているのでしょうか?

及川卓也(以下、及川):知人の会社でも、GCP同様にお手伝いをさせていただいています。その社長さんからは、「及川さんには知識の切り売りではなく、課題を一緒になって考えて貰えているので助かっている」と言われました。

たしかに私自身、課題に対する答えをすぐに出すことは多くないと思っています。質問を投げかけ、アドバイスを与えてあげることで、気づきを得てほしいという思いがあるんです。すると、組織の中だけでは生まれなかった視点を得られるかもしれない。


湯浅エムレ秀和

湯浅:エンジニアの方は勉強熱心で、普段から本を読んだり、勉強会に参加したり、情報収集も積極にされている印象があります。ですから、ある程度の知識を保有している方も多いですよね。

しかし、知識はあっても都度最善の選択肢を選べているかは、客観的な視点でしか図ることできません。そうした意味で、及川さんにメンタリングをしていただく機会には、本や勉強会では得られない大きな価値があると思うのです。

及川:それこそ先ほど湯浅さんがおっしゃっていたことですが、組織外の人間としてアドバイスができることに価値があるのではないでしょうか。たとえば、とある社員が創業経営者に何か説明をしたとしても、ハナから「それは違う」と否定してしまうこともある。

しかし、その意見は正しいかもしれません。そうした言い出しにくいことを代弁できるとは思います。


フォトシンス代表取締役副社長 渡邉宏明氏

渡邉宏明(以下、渡邉):僕はエンジニアリングの知識がありませんが、及川さんとCTOの本間を交えて話をすることで、技術への理解が深まるんです。すると、やはり意思疎通も円滑になります。

また、経営陣で話をしていて齟齬が生まれてしまった際に、及川さんに相談すると解決することも少なくありません。たとえば「PM」という言葉ひとつとっても、それぞれ定義が違うんです。僕は「プロジェクト・マネジメント」だと理解していましたが、本間は「プロダクト・マネジメント」だと捉えていました。

エンジニアマネジメントの共通言語がほとんどなかった頃には、そうした些細な齟齬も生まれてしまっていました。ただ、及川さんが言葉が出来上がった背景を説明しながら定義してくれることで、共通言語化し意思疎通が円滑になります。

定期的なメンタリングは、組織の“リーン開発”

湯浅:定期的にメンタリングの機会を設けることで、事業開発のペース配分をすることにもつながっているのではないかと思います。「翌月のメンタリングまでに、今日話した課題を解決してきてね」と宿題を出すことで、能動的に課題解決へのアクションを踏み出せますよね。

及川:おっしゃる通りです。開発手法の一つに、必要最小限の機能を実現するコードを書いて徐々にブラッシュアップを行う「リーン開発)」というものがあります。たとえば、その手法を用いて、次回のミーティングまでにお試しで開発をして見ることなども有効でしょう。

メンタリングの意義もリーン開発と同じで、ある一定のリズムで課題解決を行いながら、ビジネスを前進させていくことができると思っています。エンジニア特有の組織開発は、中長期的な取り組みであり、仮に組織体制が整っていなくても事業は大きくなっていくので、後回しになってしまうケースが少なくありません。このメンタリングは、緊急度は低くも重要度の高いことを後回しにせず進めていくためのきっかけになっているかもしれませんね。


フォトシンスCTO 本間和弘氏

本間和弘(以下、本間):まさに及川さんがおっしゃる通りで、目の前の実務を優先するだけでなく、より長期的な視点でプロダクトについて考えられるんです。組織全体が前に進んでいきますし、その時間を得られることは非常に意義があると思っています。

及川:スタートアップは、とにかく目の前にある仕事をこなしていかないといけない宿命があります。しかし、そうやって業務に忙殺されてしまうんです。ただ、メンタリングが定期的にあることで、本当に大事なことを考える余白が生まれるのでしょうね。

冒頭でもお話ししましたが、ある種、僕は気づきを与える「触媒」なのです。組織内の人間だけで話していたことでも、僕がその議論に参加することで、また新たな視点を得られることもある。そこから議論が広がっていくことにこそ、メンタリングの意義があるのではないかとも思っています。

組織開発にベストプラクティスは存在しない

湯浅:及川さんはGCP投資先に限らずスタートアップの組織を見ることも多いかと思います。日本のスタートアップに共通している課題はありますか?

及川:組織設計についてひとつ汎用的なアドバイスを送るなら、「何を成し遂げたいか」をぶれずに考えることですね。組織設計はプロダクトの作り方と似ています。プロダクトは「誰がどのように使うのか」と仮説を立て、検証を繰り返します。組織開発も同じなんです。

及川:採用がうまくいっている企業や、人事制度が整っている企業の真似をする事は大切ですが、必ずしも自社に合っているとは限りません。「組織開発はこうあるべき」というトラディショナルな考え方もありますが、真似をするのではなくカスタマイズすることを意識していただきたいです。

湯浅:ベストプラクティスはありつつも、自社にとっての最適を目指すべきだと。

及川:「なぜベストプラクティスなのか」を考えることが重要です。これもプロダクトの話と同じで、あるサービスが多くの企業に導入されている場合、なぜ多くの会社がそのサービス導入してるかに着目すべき。

競合サービスがほぼ同じ機能だったとしても、相手のサービスにある利点をただ真似するのと、ユーザーの満足度を追求した結果として同じ機能になったのでは意味合いが違います。前者のようなサービス開発をしたところで、ユーザーがサービスを乗り換えることはそうありません。

つまり、ある人事制度があったとして、そのまま真似をするのではあまり意味がない。「なぜそういった制度を作ったのか」を紐解けば、自社にとって最適な人事制度が作れるのではないでしょうか。


参考記事

投資先の成長を支えるための「4R」。GCPが考える“ハンズオンの本質”とは?