ブラックボックス化する“値付け”を科学。“PriceTech”ベンチャー・空に秘められた「途方も無い可能性」

慣れない土地での仕事には、疲労が付き物。仕事の疲れを癒すビジネスホテルは、可能な限り安く、それでいてリッチにしたい。グレードの等しいホテルが二つあり、価格に差があれば、安いホテルを利用するのが一般的だろう。これが顧客の本音なら、価格を安く設定し、顧客を集めた方が、ホテルは長い目で見て高い利益を得られそうだ。

 

…しかし、本当にそうだろうか?株式会社空が運営する「MagicPrice」は、市場の需給に応じて最適な価格設定を実現する「ダイナミックプライシング」の仕組みを提供し、企業の値付けの“脱”属人化を支援。価格設定による機会損出をなくすことで、導入企業の収益向上を図る。

 

サービスをリリースした2016年以来、導入社数を順調に伸ばし、現在は東急ホテルやワシントンホテルといった大手企業をクライアントに抱えている。2019年9月には、飛躍的な成長と新規事業創出のため、グロービス・キャピタル・パートナーズ(以下、GCP)を新規引受先とした資金調達を実施し、GCPディレクターの渡邉佑規が社外取締役に就任。今回のラウンドでは、同年5月に発表されたUBVenturesからの出資と合計すると、資金調達額は約3億円にのぼる。

 

渡邉は空のビジネスモデル“PriceTech”に「途方も無い可能性がある」と語る。市場をつくりだす“現場主義”のオンボーディングから、市場を拡大させる今後の成長戦略まで、コンサルティングにバックボーンに持ち、戦略構築を専門とする空の和泉ちひろ氏と渡邉に話を聞いた。

(構成:水落絵理香 編集:オバラミツフミ

ダイナミックプライシング市場の“雄”・空が挑む、機会損失のないマーケット創出

ーーまず、ダイナミックプライシングの市場環境について教えてください。

株式会社空 新規事業開発担当 和泉ちひろ

和泉:ダイナミックプライシング市場はまだ黎明期であり、サービスを提供している企業はまだ少ないです。また参入前は、大企業は自社でシステムを開発していて、外部ツールのニーズは中小企業にあると推測していましたが、大企業であってもシステムを持っていない企業も非常に多いのが実情でした。

そうした背景もあり、当初はシステムを持っていないであろう中小企業をターゲットにしていましたが、現在は大手企業からの引き合いも多くいただいています。

ーー現状、コアターゲットとなっている企業群は、どのような業種ですか?

和泉:現状はホテル業界を中心にご利用をいただいており、なかでも規模の大きいビジネスホテルチェーンが中心です。ビジネスホテルに絞っているのは、観光客向けのホテルよりも、競合ホテルとの価格差や近隣イベントなどの周辺環境による影響が大きいからです。

グロービス・キャピタル・パートナーズ ディレクター 渡邉佑規

渡邉:資本力がある大手企業であれば、ダイナミックプライシングシステムを自社開発したり、外注で作ることもできるはずです。一方、その開発投資は数千万円レベルでかかるものと思います。そこまで手が出せない、或いはそもそも自社開発をする必要性を感じていない企業の導入が進んでいるという背景と理解しています。

ーー「MagicPrice」を導入するメリットは他にもありますか?

和泉:ホテル事業者同士がライバルではなくなり、競合する全ホテルが平等に利益を高める状態を生み出すことができます。

たとえば一泊の料金を、ホテルAは7,000円に、近隣にある同グレードのホテルBは5,000円に設定していたとします。当然、宿泊客はBホテルに集中しますよね。この場合、一見するとホテルBに競争優位性があるように感じますが、実はもっと高い値付けでも利用してもらえた可能性がある。つまり、ホテルA・ホテルBともに機会損失をしているんです。

適正な価格設定をすれば機会損失を防ぐことができますし、顧客が一極集中することもなくなり、予約が取れずに困ってしまう利用客を減らすことができます。つまり、三方良しの状態をつくれるんです。

渡邉:ダイナミックプライシングが進化すると、顧客の細かいニーズに合わせて価格を変動させるパーソナライズプライシングも可能になると思います。例えば、ホテルであれば同じシングルルームでも、「階数が高い部屋が良い」、「海側の部屋が良い」、「エレベーターに近い部屋が良い」、「とにかく安い部屋が良い」など、人によって求める条件はさまざまです。一方、現状の多くのホテルが、そういったニーズをうまく価格に反映できていません。こうした現状もMagic Priceによって解消されることを期待しています。

サービス普及の鍵は、テックタッチよりも合理的な“現場主義”

ーーダイナミックプライシング市場は黎明期ではあるものの、今後は競争も激しくなっていくでしょう。そうした未来予測のなかで、空が持つ競合優位性を教えてください。

和泉:カスタマーサクセスチームを中心に、クライアントの現場スタッフと密にコミュニケーションを取っていることが弊社の強みです。私たちのチームには、ホテル業界出身者がいません。現場スタッフがどのような困りごとを持っているのかをリアルに知るために、直接足を運んでヒアリングをすることで、クライアント共に成長してきました。

サービスを継続的に利用してもらうには、値付けを担当する現場のスタッフとって利便性の高いサービスである必要がある。現場の声を反映し続けてきたので、ITリテラシーの有無に関わらず使っていただける仕様になっています。

ーーカスタマーサクセスチームによるオンボーディングも、現場に足を運んで実施されているのでしょうか?

和泉:現場に足を運ばないにせよ、ハイタッチ(クライアントの要望に対して個別対応を行うこと)で対応しています。最終的にはテックタッチ(テクノロジーを利用し、広範囲に対して同時に顧客対応を行うこと)による対応を目指していますが、直接的にオンボーディングを行うことでサービス改善に活かせる情報を得ることも多く、一旦はハイタッチ方式で進めています。

渡邉:私もホテル業界にはあまり詳しくなかったので、投資をさせていただくにあたり、業界関係者数名にヒアリングをさせていただきました。ホテルの現場には値付けを専業とするスタッフがおらず、他の業務と掛け持ちするのが普通らしいんです。しかも、値付けの管理にはExcelが使われることが多く、かなり手間を要している。また、いつ誰がどのような根拠で値付けを決めたのかが曖昧で、責任者も存在しないケースも少なくない。つまり、価格設定のプロセスがブラックボックスなんです。

これらの課題を全てテックタッチに解決する、というのは難しいかと思っており、空の“現場主義”は、サービスをしっかり根付かせていく上で非常に合理的な選択だと認識しています。

統計的アプローチで“勘頼みの意思決定”を解消。「MagicPrice」が秘める、途方もない可能性

ーー現在シリーズAラウンドということで、比較的アーリーな時期に投資を決められています。投資の意思決定は、どのように行われたのでしょうか?

渡邉:投資を決めた理由はいくつかありますが、第一に「MagicPrice」がPMF(Product Market Fit)していると感じたためです。まずは、アクティブ率が非常に高い点に着目しました。多くの導入ホテルにおいて、日常業務に溶け込んでいるということです。次に、「Magic Price」が推奨した価格が、現場から支持されているという確証も得られた点も大きかったです。

ーーSaaSというビジネスの構造上、アクティブ率は追うべき重要な指標の一つになりますもんね。一方、空さんはなぜ、GCPの投資を受け入れられたのでしょうか。

和泉:渡邉さんとお話しし、資金面のバックアップに止まらない支援をいただけると感じたからです。投資が決まる以前から、事業のダメなポイントを指摘するのではなく、「こうすればもっと上手くいく」と、前向きなアドバイスをしていただけたのが印象的でした。

渡邉さんは「投資家」というより、私たちの目線に立ち、空をより良くしていくためにはどうすればいいのかを考えてくれる人だと思ったんです。

ーーなるほど。具体的には、どのような成長戦略を描かれているのでしょうか。

渡邉:ホテル業界に限らず、幅広い業界で利用されるサービスになっていくことを支援していきます。

そもそも統計的なアプローチは、ビジネスを成長させる、或いは収益性を高める上でとても効果的です。統計を利用すれば、人の勘に頼ることなく、再現性高く、確度の高い意思決定をすることができます。しかし、日本のビジネスパーソンは、統計に苦手意識を持つ人が少なくありません。「MagicPrice」は、そうした“溝”を埋めるポテンシャルを持っています。

僕の肌感覚ではありますが、「MagicPrice」には途方もない可能性がある。というのも、世の中に存在するあらゆるビジネスに「MagicPrice」が入り込む余地があるからです。たとえばの話ですが、和泉さんの言う「三方良しの状態」を複数の業界でつくりだし、その業界の売上(市場規模)を1%でも増やしたとしましょう、業界の市場規模によりますが、1%の改善でも金額にすれば大きな数字になります。そのうちの何割かを手数料として得るだけでも、驚くほど巨大な金額になります。

ーーホテル業界に限らず、他の領域にもどんどん展開していく予定なんですね。今回のラウンドで調達した資金は、具体的にどのように利用されていくのでしょうか。

和泉:「MagicPrice」の非連続な成長を実現するためのプロモーションと、これまでに培った技術や価格に関するオペレーション改善ノウハウを元本に、他業界にも展開していきます。まずは駐車場や高速バスなど、ダイナミックプライシングと親和性の高い箱物ビジネスから。

渡邉:マーケティングフレームワークの4P(※)のなかで、専門部署が存在しないのは「Price」だけ。今後「値付け」の重要性が認識されれば、価格戦略を司る部署が新設されていくと思います。すると、風向きもさらに良くなっていくでしょう。

※ Product(製品)、Price(価格)、Place(流通)、 Promotion(販売促進)

ーー新たな市場で、これまでにない新しい常識をつくっていくということですね。最後になりますが、今後の展望についてお伺いさせてください。

和泉:「ダイナミックプライシング」という言葉は、ここ1~2年でメディアに取り上げられる頻度が増えているものの、知名度はまだまだ低い。当社が掲げる“PriceTech”ビジネスも、まだ認知を得られていません。

勝負はこれからです。市場をつくりながら、その中で弊社がナンバーワンだと証明する実績づくりに邁進していきます。


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