アンドパッド植野氏・GCPX小野が紐解く産業DXを推進する人物像

ANDPADという、クラウド型建設プロジェクト管理アプリを提供するアンドパッド。2021年1月には元ファミリーマートマーケティング本部長/デジタル戦略部長の植野大輔氏を上級執行役員CMOとして迎え入れ、SaaS企業の枠を超えた、産業レベルでのデジタルトランスフォーメーションの実現に向けての一歩を踏み出した。

COMPASSでは度々アンドパッドについて取り上げてきたが、取材の度、成長を遂げており、今では、契約社数2,500社、利用社数60,000社を超える規模へと成長している。 

植野氏の電撃「異業種参入」を導いたグロービス・キャピタル・パートナーズ、投資先支援チームGCPXのリーダー、小野壮彦との対談の中で、プロ経営者人材にとっての、スタートアップ業界でのキャリアの可能性と、産業DXを推し進める上での「マーケティング」の役割について紐解く。

※こちらの記事は『ANDPAD植野氏、電撃「異業種参入」までの道のり』の後編となります。

三菱商事並みの企業を作り上げる場としてのアンドパッド

小野:そして、いよいよアンドパッドとの出会いですね

植野:先述のようにDX JAPANをはじめる前にも小野さんにはお会いしたのですが、会社をはじめて半年くらい経って、もう一度お会いしましたね。

その時、荻野さん(現アンドパッド CFO)のことをお聞きし、小野さんいつもの決め文句の「まあ、会うだけ会ってみたら」と言われ、流されてみました(笑)

小野:決め文句…(笑)

植野:私自身、これまで色々な凄い方々とお会いしてきたと思っていたのですが、荻野さんは会ったことないタイプだと感じました。話してみたら面白くて仕方なかったです。

小野:荻野さんは確かに珍しいタイプですよね。具体的には何が面白かったのですか?

植野:途方もなく大きなスケールの話を、全部理詰めで説明してくれました。すごく大きな構想なのに、当たり前にように淡々と。で、「こうならない理由がありますか?」と。冷静なテンションなのですが、内容は火傷するくらい熱い。そして、大胆な野望が緻密で精緻なので、圧倒されました。

小野:ヤバい人ですね。反証できるものならしてみろと言わんばかりの迫力が伝わってきます。

植野:そうですね。これぞプロフェッショナルCFO。ファイナンスの目線で徹底的に練りこまれた戦略構想でした。

私は日本のスタートアップは、どうも海外のようにはなかなかスケールしない印象があったので、スケールを求めるのであれば大企業に行った方がいいと考えていました。

しかし、アンドパッドは今から、何兆円という規模の事業を本気で見定めて、計画的に動いていることを実感して、この船は乗るしかないと直感で思いました。

小野:植野さんがもっていたスタートアップに対する印象は、荻野さんのようなプロフェッショナルな人材が存在すると思っていなかったことも一つの理由?

植野:そうですね。私の思うスタートアップの勝手なイメージは、いわゆるネット系と呼ばれていた、ほぼデジタルだけで完結する、どちらかと言えば若い人たちの世界だと思っていました。

不遜ですが、リアルな実体社会へのインパクトとしては、新陳代謝しないことは日本の社会課題ですが、まだまだ伝統的大企業のプレゼンスが大きいと思っていました。

小野:ところがアンドパッドは建築・建設という、実体経済どまんなかで奮闘していることがよく分かったと。

植野:はじめての面談では、私はまだ建設もよくわからないし、だからどんなマーケティングが必要なのもかわからないですが、「三菱商事に比類するスケールの会社を作るということなら、是非挑戦したい」という気持ちが、自然に口から飛び出していました。

小野:アンドパッドのビジネスは商社のような側面もあると感じますが、商社出身の植野さんから見ると、どう思われますか?

植野:まさしく、荻野さんから構想を聞いたときに、実は三菱商事で検討していたことへの既視感が出て来たんです。Vertical SaaSがプラットフォーム化して、全ての情報流、商流がその上を走る。当時は、Vertical SaaSと言う言葉はありませんでしたが、産業プラットフォームを、どこの商社も狙っていたと思います。ただ、デジタル人材がいないから、まだどこの商社も実現できていない。

小野:稲田さん(アンドパッド代表取締役CEO)との出会いに関してもお伺いしたいです。

植野:実直で骨太で。よくぞこんな日本人がいてくれたなと思いました。同時に、少々自分が恥ずかしくなりました。色々キャリアを積んだけど、駆け引きとか社内調整とか、不健全なことを覚えてしまったようにも思います。(笑)

何とかしてこの人の力になりたいと思いましたし、稲田さんと働くことで自分も、若いころの実直さや情熱を取り戻したいな、とも思ったんです。

小野:稲田さんは人生5回目なんじゃないかと思うくらいに悟りきってますね(笑)

植野:視座の高さ、時間軸の長さが、途方もないです。

産業DXを実現するCMO像とは

小野:裏舞台の話をすると、実はアンドパッドは外部から高い職位で経営人材を招くことに対して、とても慎重でした。

植野:そうだったのですか?

小野:荻野さんが入られてから気運は変わったと思うのですが、どのポジションで経営人材が必要なのかについては、はっきりしていなかったんですよね。

マーケティングを率いるCMOが必要だと決まった後でも、その人材要件について、経営陣の皆さんと議論を重ねました。

議論の中で、単純に会社の知名度を上げるという話だけでなく、いかに産業DXを起こしていくかということが大事であるという話にたどり着いたのです。

植野:なるほど。

小野:資本を梃子にした変革を巻き起こすこと。うねりを大きくするための、外部を巻き込んだ座組作りや、経済圏作りを仕掛けられることが大事だと。

植野:私も面談のときに、「もし単にSaaSのマーケティング強化がやりたいなら、そういった企業のマーケティング責任者を連れてきた方が手堅い。私ではないですよ。」と話しました。

一方、マーケティングという切り口で、建設業界の変革をリードして行く、ということがしたいのであればお役に立てるかもと伝えました。

小野:ここに至るまで、私はかなりいろいろなマーケティング人材とお会いしたのですが、植野さんがアンドパットとフィットした理由としては、コンビニの産業DXを実現されていたということが一番大きいと思います。

植野:コンビニは社会インフラでもあり、様々な周辺の産業領域と密接に関わっている立場ですからね。

小野:そう。連想ゲームみたいなもので。建設業界の産業DXと近しいことをやっている会社は他にないかと。コンビニ業界とは、共通項が多いように感じたのです。

植野:その発想は普通、なかなか持てませんね。

小野:旧来のマーケターだと、様々なステークホルダーと関係構築をしながらトランスフォームさせることをマーケティングの範囲外と考えていることが多いと思いますが、アンドパッドがやろうとしているマーケティングは、それこそが必要。産業を変革するにあたってマーケティングの力を活用しようとしているのだと思っています。

ですので、こういった「そもそも」を議論したうえで、植野さんに辿りついたという訳なんですよ。ジョブスペックという表層的なものをベースにCMOを決めるのは意味がない。

植野:まだ入って2カ月ほどですが、私もまさに、「産業DXを仕掛けている、その手段としてマーケティングを使っている」という感覚でやっています。

小野:他には、CMOというのはいわゆるピン芸人的な、「マーケティングの先生」とは少し違うというよね。という観点も、大事な議論でした。経営メンバーの一人として組織を率いる、まさに経営者であることが必要だとアンドパッドでは考えておられました。

植野:マーケティング偏差値80の個人より、マーケ偏差値60の人たちを集め、常にマーケ偏差値70の結果を生み出す組織を作る方が、企業として強いと確信しています。

ファミリーマートでも、自分が全ての商品カテゴリーに精通しているわけではなく、だったらマーケットにフィットしたメンバーを集めて、彼らが躍動できる場作りを自分は頑張った方がいいと思いました。私は、マーケティングそのものではなく、マーケティングマインドを持つ組織作りこそが得意だと思っています。

小野:それがまさにCxO議論だと思っていまして、スーパー・エンジニアのキャリアの先に、CTOがあるのか?という議論と近いと思います。スーパー・マーケターがCMOになれるのかというのも、会社によると思うんですよね。

アンドパッドの場合は、しっかりしたマーケターをチームにして、価値を出せるリーダーがCMOとして適任だったと思いました。

植野:おっしゃる通りですね。アンドパッドのような産業DXレベルのマーケティングは今まで誰もやったことはないので、マーケティング単体の戦いだと思っていなくて、会社全体の組織戦だと思っています。

だからだと思うのですが、稲田さん・荻野さん・小野さんから、マーケティングをやってくれるというよりは、一緒に経営をやってくれる人に来てほしいと言われたのでしょう。

仮に、マーケティング専門職という括りだったら、「私よりもっと良い方がいますよ」と申し上げて、私はジョインはしてなかったと思います。

小野:ですね。今回に関しては植野さんが入ったという「結果」だけを見て、すごいねという話でなく、そこに至るまでに緻密な議論が重ねられたこと。その「経営判断」がすごいね。ということだったと思っています。

植野:正直、「よく自分にオファーを出してくれたな。勇気あるな」とも思いました。「大企業・スタートアップ」という縦軸と「小売・小売以外」という横軸をおいたマトリックスを考えてみてください。私はこれまで主に「大企業×小売」という場所にいた人間です。

小野:アンドパッドは「スタートアップ×建設」、軸が2個とも違う。

植野:戦略の定石では、もっともハイリスクなドメインです(笑)

小野:植野さんとしては、今後ご自身のようなリアル・大企業人材が、デジタル・スタートアップに来るような流れは加速していくと思いますか?

植野:是非、加速させたいですね。加速させないと、不幸せな大国vs幸せな小国の戦いみたいになってしまうと思います。

小野:なんですかそれ?(笑)

植野:言いたかったのは、大きいけど苦しい国と、幸せだけど小さい国、今の日本は、一つの国の中に、この2つの国があって、しかも分断されつつあるなと。

小野:会社も同じだということ?

植野:リアルで大きなものと格闘してきた大企業の組織人は、ビジネスモデルは徐々に成熟期、衰退期に入っているのに、なかなか外へ飛び出さない。

一方、急成長するスタートアップは、かなりスマートなワークスタイルで働いている人の充足感も高いけど、メガスケールする会社は多くない。

このベルリンの壁みたいな障壁を飛び越えて、もっとリアル・大企業人材には、スタートアップ側にチャレンジして欲しいですね。

小野:それが、これからの経営人材の潮流となるか。ですね。

植野:実は、それを自分が背負っている感覚を持って、勝負しに来ています。

大企業人材は産業DXを起こすために欠かせない存在

小野:次の世代に向けてのメッセージ。という意味では、大企業で頭角を現している人々が、スタートアップに転じることの意義は何だと捉えていますか?

植野:今のままの日本が10年先も続いて行くとは、誰も信じていませんよね。ならば、国を変えなきゃいけないという時に、その役目は、変化への制約だらけの大企業ではなく、身軽なスタートアップが担うのではないか、最近はそのように思っています。

小野:今の時代はスタートアップが資本という武器を手にしつつある。

植野:ファイナンスだけでなく、GCPXがやられているように、スタートアップは本格的な組織成長の支援まで得られる環境が整いつつある。より機動力をもって社会を変えるんだという発想で、アントレプレナーとして動いていく生き方の方が、手ごたえのある仕事を手掛けられるはずです。

小野:今度は逆にスタートアップの経営者側へのメッセージとして。植野さんのような、大企業側にいた人間を積極的に取り込んでいった方がいいと思いますか?

植野:もし、大きな産業に対してインパクトを出したいと考えるのであれば、大企業で実産業の中で社会責任を担ってきた人たちを迎えることは、組織戦略上、とても重要です。

そういう人たちを巻き込んでいくことができる会社が、今後産業DXを実現すると考えています。

小野:それはスタートアップが、どこまで産業DXを本気で考えているのかというところに行きつきますね。

植野:産業DXについて考えるとMTP(Massive Transformative Purpose)に行きつくと思っています。直訳すると野心的な変革目標となって、うまい日本語がないのですが、社会や産業を大胆に変えて行くパーパス(企業の存在意義)と言う意味合いです。

小野:それは、我々グロービス・キャピタル・パートナーズとして志していることのそのものでもありますね。変革の志士を募るというのがスタートアップのひとつの意義だと思っていて、私たちもそのような世界を目指してきました。

植野:私はイーロン・マスクのようなMTPを描けないんですけれども、稲田さんにはそれがある。彼のようなMTPを持った人間を支えることで、社会や産業の変革に寄与していきたい。

小野:さらに産業DXをやる以上は必ず大企業で暴れた経験、スケールに対する知見は必要になってくる。

植野:そう思っています。

小野:これまではプライベート・エクイティの買収先ターンアラウンド案件、または外資系のカントリーマネージャー案件、それくらいしか、若くして経営をやりたい人にとって、選択肢がなかった。

スタートアップの経営陣の一員として、グロースの世界で勝負するというのは、いよいよ本格的なキャリア・トレンドになっていくのでしょう。

ANDPADのマーケティング部が描く姿

小野:今一度、植野さんが考えているアンドパッドにおけるマーケティング組織がどのようなものかお伺いしたいです。

植野:これが非常に難しいんですけれども、一口にマーケティングといってもセールスマーケティング・ブランドマーケティング・プロダクトマーケティング・ロイヤリティマーケティング等、色々あります。

またSaaSって、B2C商品みたいに衝動買いするようなものではないですしね。(笑)

小野:そうだとしたら、マーケティング人材というよりはマーケティングマインドを持ったかなり戦略的なプロフェッショナル人材になるんですかね。

植野:まさしく、その通りです。お客様起点で、あらゆる戦略プランを構想する知的体力があって、その実行を微細部までこだわり自走できる人材が理想的です。

特にB2Bのマーケティングは、クリエイティビティよりほぼサイエンスだなと思います。

利用者、導入推進者、導入関係者、決裁者と複数の人が決定プロセスに関与し、基本的に合理的な判断をします。この連立方程式に対し、ふわっとした雰囲気で判断せず、徹底的にサイエンスをすること。

また、数字に対するリアリティはとても重要です。B2Bビジネスでは、セールス部隊が存在して、マーケティングコミュニケーションだけで数字が作れるわけではありません。すると、セールス実績は営業チームの仕事だと、数字へのコミットを放棄して、施策ジャンキーのようになることは好ましくありません。

小野:マーケティング部が常に数字をもって、結果責任を負うんだと。

植野:そうです。アンドパッドのマーケティングチームは、実質ゼロからの立ち上げで、積極採用をしています。その始まりのメンバーとなって、一緒になって産業DXの最強マーケティング組織を作ることに情熱のある方は、是非挑戦してほしいですね。

アンドパッドでのキャリアにご関心のある方は是非、採用サイトをご覧ください。

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