事業成長を加速させる「戦略人事」の要諦 ─リンクアンドモチベーション麻野氏が語る 「3つのリンク」と「エンゲージメント」

組織マネジメントのトレンドは、目まぐるしい速さで移り変わっていく。さまざまな最新手法が日々メディアを賑わせるなか、結局何が正解なのか分からず、施策や手法に振り回されるケースも少なくないだろう。

グロービス・キャピタル・パートナーズ(以下、GCP)は2019年9月、事業戦略と組織戦略をリンクさせる「戦略人事」の要諦を学ぶ勉強会を開催。登壇したのは、株式会社リンクアンドモチベーション取締役(当時)の麻野耕司氏だ。

麻野氏は、組織人事コンサルタントとして数々の成長スタートアップを支援してきた実績を持つ、組織人事のプロフェッショナル。スタートアップが成長を果たすために欠かせない、「戦略人事」のポイントを語ってもらった。

人事にも「戦略」が求められる時代に

なぜ今、「戦略人事」が求められているのだろうか?

麻野氏はその理由を、高度経済成長期を経て、企業を取り巻く環境が大きく変化していることに見る。

株式会社リンクアンドモチベーション取締役(当時)・麻野耕司氏

麻野:国全体で右肩上がりの経済成長が続いていた時代は、「オペレーション人事」でよかったんです。新卒一括採用、年功序列、終身雇用というシステムをきちんと運用することが、経営を成功させるためのポイントだったからです。

かつての人事には、「画一化された仕組みをきちんと運用すること」が求められてきた。しかし、終身雇用制が崩壊し、ワークモチベーションも多様化。転職市場も活況化し、組織と個人の関係性は変化してきたことに応じて、組織マネジメントに関する手法は多様化の一途を辿っている。

「人材採用」ひとつ取っても、従来の新卒一括採用に加え、中途採用、ダイレクトリクルーティング、リファラルリクルーティングなど、新しい手法が次々と登場している。リモートワークや副業といった、従業員のワークスタイルについても同様だ。

こうした変化を踏まえ、麻野氏は、多様な手法の中から自社に合うものを選択し、戦略的に組み立てられる人事——つまり「戦略人事」が重要になると語る。

麻野:業界や事業規模によって、企業が置かれている環境は大きく異なります。環境変化のスピードも、以前と比較して激しくなっている。スタートアップはなおのことです。

そのため、一社一社が、多様な手法を自社に合わせて戦略的に組み立てていくことが重要になっているのです。

良い組織とは何か?急成長スタートアップ2社から学んだこと

麻野氏が組織コンサルティングを行う中で、戦略人事の重要性に気づいたという。象徴的なエピソードを紹介しよう。

 

麻野: EC事業を展開するA社と、総合インターネット事業を展開するB社の組織づくりを同時期にご支援したことがありました。どちらも、当時急成長されていました。

麻野:A社では、私が受付につくと、社員の方が気持ちのよい挨拶で迎えてくださいました。私と面識のない方もです。しかし、ミーティングでは社長以外はほとんど発言をしない、というカルチャーでした。

一方で、B社ではほとんど挨拶をされることがなかったのですが、いざミーティングが始まると、役員がいても、新入社員が遠慮なく発言をするんです。

A社とB社は全く異なる組織風土だったのですが、どちらも組織は非常にうまくいっていました。この状況を目の当たりにして、「『理想の組織』って、何なんだろう?」と分からなくなってしまいました。

麻野氏は「ビジネスモデルや事業戦略に沿った形で組織文化が形成されていること」が両社の共通点だ、という結論に行きついたという。

麻野:A社はECの単一事業で伸びていました。ECはバリューチェーンが長く、コツコツ、着実にオペレーションをしていくことが大事にです。したがって、組織の面では、チームワーク良く、決められたことをやり切ることが求められる。

一方で、B社はITの領域で多角的に事業展開していく形で伸びていました。そのため、トップダウンで決めるのではなく、現場からどんどん新しいことを生み出していくことや、現場が自分から考えて動く組織文化が大事だったのです。

もしもA社の組織でB社の事業に取り組んでいたら、上手く行かないだろう、と考えています。逆も同様です。

麻野氏はこの経験から、組織に絶対解は存在せず、ビジネスモデルや事業戦略といった「事業」と「組織」をリンクさせて考えることの重要性を感じたという。

ポイント①:戦略人事は「事業」と組織をリンクさせる

以上のエピソードでも触れた通り、戦略人事に求められる1つ目のポイントは「事業と組織のリンク」。

戦略人事の対義語となる「オペレーション人事」に陥ってしまっている場合は、組織を経営や現場から分断し、人事だけで考えてしまう傾向が強いという。

麻野:昨今は、OKRや1on1といった施策ベースの話が流通していますが、私自身はあまり良くないことだと思っています。ある会社でワークした施策が、自社でもワークするとは限らないからです。

自社の事業戦略上のコアは何か?だからこそ組織戦略はこうあるべきだ–––そうした思考のプロセスを踏むべきです。採用も育成も制度も、一気通貫で発想することが大事なんです。

麻野氏は、自分たちの組織が相対的にどのような特徴を持っているのかを整理するうえで有用活用できるフレームワークも紹介してくれた。

麻野:たとえば、「仕組みによって価値を担保するのか、人によって価値を担保するのか?」「単一事業なのか、複数事業なのか?」などを考えます。

先ほどのA社は「仕組み×単一事業のオペレーター型組織」、B社は「人×複数事業のイノベーター型組織」と整理できます。

ポイント②:戦略人事は「未来」と組織をリンクさせる

戦略人事の2点目のポイントは、「未来と組織のリンク」だ。

麻野:オペレーション人事の特徴として、「問題が起こってから対応する」というものがあります。これは非常にコストがかかるので、「起こる前に予測して対処しておく」ことが大事だと思っています。

スタートアップが陥りやすい具体例として、麻野氏は「幹部/マネジャーの登用」を挙げた。

麻野:スキルは高いが、ベクトルが合っていない人材をマネージャーに登用して、マイナスに転じるケースは多い。最悪の場合、メンバーを連れて幹部が会社を出ていってしまうこともあるでしょう。

とはいえ、スタートアップが成長する過程で、チャレンジングな人材登用を避けることは難しいだろう。麻野氏は、「未来に起こりうるリスク」を予測した上で登用に踏み切ることがポイントだと語る。

麻野:時には「ちょっとベクトルは微妙かもしれないけど、スキル高いから登用してみよう」というのもあっていいと思うんです。ただ、それがどれくらいリスクあるかというのを分かってやっているのと、分からずにやっているのとでは、全然違うと思っています。

たとえば、「数ヶ月働いてみて、合わなければお互いのために解消しませんか」と採用時に握っておく。あるいは、最初の半年は役職につけない制度にする。事前にリスクを想定しておけば、いろいろな形でリスクヘッジができるんです。

スタートアップであっても、10名、30名、100名、と成長する過程を何度も経験している経営者はそう多くない。未来のリスクを予め認識し、問題が起こる前に「予防」することが、組織運営のカギとなるのだ。

リンクアンドモチベーション社では企業の成長ステージごとに、発症するリスクがある「組織症例」を整理している。事前に予防するのか、発症してから治療するのかで対応コストは大きく変わる。

ポイント③:戦略人事は「数字」と組織をリンクさせる

最後に、3点目のポイントとして挙げられたのは「数字と組織のリンク」だ。

麻野:組織のことを勘や経験で捉えているケースが、非常に多いと思います。効果的な活動には必ずモノサシ、定量指標があると考えています。

勉強にたとえると、いい授業やいい講師の存在も大事ですが、模試を1度も受けず、自分の偏差値を一切知らずに大学受験に成功した人はほとんどいないのではないでしょうか。「英語が苦手なんだな」とか、「この大学に行くのに偏差値で言うとこれくらい足りない」というのをわかった上でPDCAサイクルを回していく人が伸びると思うんですよね。

麻野氏は、事業を測るモノサシは一般化しているにもかかわらず、組織を測るモノサシが不足したまま経営を行っているケースが多いと指摘する。

麻野:企業活動においては、事業のP / Lなど、明確なモノサシがあります。しかし、組織状態を定量的に表現してください、というオーダーには対応できない人も多いのではないでしょうか。

組織を表す定量指標として、社員数や離職率、労働時間、理想退職率、人件費当たりの粗利など、さまざまな指標が存在する。その一つとして、近年注目が高まっているのが従業員の「エンゲージメント」だ。

麻野氏は組織の「エンゲージメント」(=従業員の企業への共感度合い)を高めるためのポイントを、次のように語る。

麻野:従業員が会社を選ぶ理由は以下の「4つのP」で整理できます。

麻野:従業員の共感度合いやエンゲージメントは、この4Pに左右されます。それぞれについて、どんなことを期待して、どんなことに満足しているのかを把握した上で打ち手を打つ。それによって退職率が下がったり、生産性が上がったりする——これが、エンゲージメントという考え方です。

経営側は、ともすると「従業員が今どんなことを不満に思っているのか」「不満を解消するためにはどうしたらよいか」というように「不満」に注目しがちだ。しかし、エンゲージメントを高めるための効果的なポイントは「期待」をコントロールすることにあるという。

麻野:期待をコントロールできているかどうかで、マネジメントの組織対効果は大きく変わってくるんです。

最もマネジメントが難しいのが、多様な期待を持った人がいる組織です。ある人は給料が欲しい、ある人は共感できる理念が大事、となると、全ての期待に応えなければならなくなる。特にスタートアップは時間的経済的資源も限られているため、全部の期待に応えることは、より難しいでしょう。

大事なのは、「従業員に何を期待させる会社にするか」を決めることだ、と麻野氏は強調する。従業員の期待を絞ることによって、少ないコストでモチベーションやエンゲージメントを効果的に引き出すことができるのだという。

それに成功した事例として、サイバーエージェント社とDeNA社を挙げた。

麻野:私の解釈になりますが、サイバーエージェント社はPeople、DeNA社はProfessionで束ねられているのだと思っています。

サイバーエージェント社は、社内のコミュニケーションにもすごくコストをかけていました。誰かのお子さんが生まれたときに、毎日のように社内でお祝いをしていたり。「どんな仕事をするか」ではなく、「サイバーエージェントの仲間と一緒に働きたい!」という軸でエンゲージメントを束ねていたんです。だからこそ、事業の方向性を大きく変化させたタイミングでも、組織がちゃんとピボットしてついてきたのだと思います。

DeNA社は「大黒柱をぶっこ抜く」という有名な標語がある通り、エースを既存事業に抱えず、新規事業に大胆に異動させたりしていました。面白い仕事を提供することや、仕事による成長機会を与えることにこだわっていて、そこでエンゲージメントを束ねているんです。逆に、社員同士でワイワイ盛り上がるような雰囲気、というのはそれほど重視していなかったと思います。

このように、成長を遂げている企業は、4つのP全ての満足を追求するのではなく、「何を期待させるか」を決めた上で、採用/育成/制度/風土をデザインし、「期待」をコントロールしていることが見て取れる。

リンクアンドモチベーション社が提供する「モチベーションクラウド」では、従業員のエンゲージメント状態を定量的に把握することが可能になり、組織改善のPlan→Do→Seeサイクルを回すためのサポートが受けられるという。

麻野:紹介した「3つのリンク」を可能にするサービスとして、ぜひ「モチベーションクラウド」の導入を検討いただければ幸いです。


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