スタートアップの市場選定:非連続な成長ステージを駆け上がるスタートアップの「市場機会」とは?

成長するスタートアップは市場(機会)、プロダクト、経営チームの三要素において優れた特徴を持っています。その3つの構成要素のうち、どれが最も重要かは人によって考え方がありますが、以下のように著名投資家/起業家の多くは市場と考えています。 

 “In a terrible market, you can have the best product in the world and an absolutely killer team, and it doesn’t matter — you’re going to fail.” 

(ひどい市場で世界最高のプロダクトと驚異的なチームがあったとしても関係ない。うまくいかない。) by Marc Andreessen, Andreessen Horowitz共同創業者 

市場(=需要)が限定的であれば、どんなに優れた経営チーム・プロダクトであってもその成長規模は市場の規模に制限されてしまいます。即ち、大きな成長を目指すのであれば、魅力的な市場を発見することが必要不可欠なプロセスとなります。 

前回の記事では、顧客課題・顧客ターゲットの重要性と考え方について整理しました。


今回は一人一人の顧客の先にある市場についてさらに理解を深め、魅力的な市場とは何かについて整理していきたいと思います。本記事が皆さんの市場選定段階において少しでも参考になれば幸いです。 

また、すでに市場選定を終えている方々にとっては、今自分たちが向き合っている市場が本当に魅力的なのか振り返る機会として活用していただければと思います。


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目次 
・魅力的な市場とは、「規模×成長性×参入機会」 
・「TAM、SAM、SOM」を活用して現実的な対面市場を把握する 
・市場をさらに掘り下げるキーワードは「カネ・トキ・ヒト」 
・まとめ 
 

■魅力的な市場とは、「規模×成長性×参入機会」 

市場について語る際によくある誤解として「魅力的な市場=規模が大きいこと」という認識があります。もちろん市場を評価する上で規模が重要であることは間違いありませんが、 (現時点での、顕在化している) 規模だけを見て魅力的な市場であると判断して参入することは危険です。市場とは規模に加えて、その成長性・参入機会の3つの観点から評価する必要があります。 

規模(TAM/SAM/SOM) 

市場規模は解決する課題の大きさ/深さ又は顕在・潜在的な需要の合計であり、顕在・潜在顧客数 × WTP(Willingness to Pay) から推測することが可能です。しかし、市場規模を一括りに捉えてしまうとその規模の大きさに気を取られてしまい市場を適切に評価することが困難になります。

有名なフレームワークですが、TAM(Total Addressable Market)、SAM(Serviceable Available Market)、SOM(Serviceable Obtainable Market)の3段階で市場を整理することで適切な市場分析および戦略構築を行うことが可能になります。 

詳細は後述しますが、市場規模を考える際に自分たちがアプローチできる最大の市場(=TAM)の大きさに惑わされないように意識する必要があります。あくまでTAMは自分たちの中長期の目的地の一つであり、今向き合うべき市場とは限りません。自社の事業が最初に勝負して勝てる市場とはどこか、今向き合うべき市場の規模(=SOM)を分析して正しく評価することが重要です。 

成長性(現在の規模にとらわれず、市場の未来を見る) 

成長性とは、その市場が今後のテクノロジー・生活様式・社会情勢の変化等によって成長する見込みがあるかどうかを意味しています。現時点での規模だけではなく市場動向を捉えることで、時間軸を持ってその市場を評価することが可能になります。 

しかし、単純に需要が拡大する傾向にあるからといって成長性を◎と評価することはできません。成長性の高い市場と一括りにいっても、それが市場全体の動きなのか、特定のセグメントに限った動きなのかを見極めて”自社の事業にとって意味のある成長性”かどうかを判断する必要があります。 

<具体例> 

例えば、宅配クリーニングサービス「リネット」を展開するホワイトプラスはレガシーなクリーニング市場の中から自分たちにとって魅力的な成長性を発見している良い事例です。

クリーニング市場全体は6,000億円と十分な規模でありながらも人口減少や軽装化のトレンドにより全体として縮小傾向にあります。しかし、共働き世帯の増加に伴い洗濯から乾燥までを短時間で大量に対応できるコインランドリーは近年増加傾向にあります。

そこから分かる通り、クリーニング市場には新たな需要と供給形態の変化が存在しています。市場の規模や全体の動向だけに囚われずに正しい成長性を見極めている事例と言えます。 

参入機会(Why Now=変曲点) 

規模も成長性も十分な市場は確かに魅力的ですが、それは自分たちの事業にとってだけではなく、全参加者にとって平等に魅力的なものかもしれません(むしろ競合が多くて魅力に欠けるということもありえます。)。即ち、自社にとっての魅力度を判断するにはまだ不十分であるということです。 

従って、自社が参入し得る市場機会が存在しているか、要するに「なぜ、今市場に参入すべきなのか(=Why Now)」を特定する必要があります。Why Nowを特定するためには、これまでの観点(規模、成長性)も踏まえて、市場の状態を見極めます。 

多くの市場にはすでに先行しているプレイヤーが存在します。その先行企業の存在を十分考慮した上で、参入機会があるかどうかを見極める必要があります。

例えばレガシー産業であれば、先行企業が、所謂デジタル化の波に対応しきれていない場合や、需要の多角化に伴いカバーできていない需要の存在がある場合などが想定されます。業界分析やユーザーヒヤリングなどの手法を活用してその参入機会を特定することが重要です。 

<具体例> 

例えばデジタル教科書・教材を提供するLibryはWhy Nowを見極めている良い例です。教育のICT化は10年以上前から話題には上がっていましたが、それは遅々として進んでおらず、スタートアップの参入機会としては魅力的なものではありませんでした。

しかし、直近数年においては学校教育におけるICT化は国家施策として急速に推進されはじめました。Libryは学習指導要領の改訂や一人一台のタブレット整備を進めるGIGAスクール構想の立ち上がりなどを見越して事業を立ち上げ、教育現場のデジタル化の先駆者として成長を続けています。

もちろん、どんなにタイミングが良くても、価値あるプロダクトを提供できなければその市場を攻略することは困難です。しかし、タイミングを読み間違えると、スタートラインに立つことすら困難になります。 

■「TAMSAMSOM」を活用して現実的な対面市場を把握する 

市場の評価観点について理解した上で、具体的な市場規模の考え方についてもまとめていきます。市場規模を算出する際に使われるのが前パートでも触れた 「TAM、SAM、SOM」のフレームワークです。

用語の定義は多くの記事で語られていますのでここでは簡略化しますが、TAMはその事業がアプローチ可能な最大の市場規模、SAMはTAMのうちターゲットとなる特定のセグメントの市場規模、SOMは短期的に自社が獲得を目指すSAMの一部を指しています。 

TAM 

TAMを推測する方法はトップダウン分析とボトムアップ分析の2つに大きく分けることができます。

トップダウン分析とは市場全体から分析する手法であり、政府による調査データや産業動向レポートなどマクロ的な要素から需要割合などを推測してTAMを算出します。

一方ボトムアップ分析では、対象セグメントの実際の消費行動を分析して積み上げる形でTAMを算出します。アーリーステージのスタートアップにお勧めするのはボトムアップ分析による算出です。

米国のTop Tier VCであるa16zも16 More Startup Metrics(スタートアップが意識すべき16個の指標)の中で解説していますが、顧客課題を適切に捉えて目の前のユーザーから市場を逆算していくことで、結果として手触り感のある現実的な市場を把握することが可能になります。 

SAM 

SAMについてはプロダクトを提供する顧客セグメントを特定することでその規模を算出することが可能です。自社プロダクトの特徴を踏まえて TAMを分析/分解することで実際にアプローチできる市場を特定します。これは対面市場をさらに具体化していく上での方向性の明確化に繋がります。 

SOM 

最後に対面市場であるSOMについてですが、この解像度は十分に意識する必要があります。TAMを精緻に算出することは難しい上に目の前の事業戦略に対する影響は限定的ですが、SOMの解像度が低いことは致命的です。

TAM、SAMは中長期的な戦略との整合性が求められますが、SOMは現在の事業の状況および短期的な戦略との整合性が求められます。即ち、SOMを正しく捉えられていないと言うことは今登っている山が何なのか把握できていない状況とも言えます。 

SOMを正しくとらえるためには、市場を分析して、初期的に獲得すべきセグメント/サブセグメントはどこなのかを具体的に特定しましょう。 

考え方の例ですが、マイクロモビリティに関する事業を検討している場合のTAMは人の移動における交通手段の経済規模(交通系事業の売上やマクロ情報から算出)、SAMとしてタクシーの短距離移動人数×400~600円(1-2メーター区間)で算出、SOMはさらに試験運用地として渋谷区に限った場合の規模というようにブレイクダウンしていくのがトップダウンによる算出です。 

一方でボトムアップによる算出では、想定ユーザー(初期的なトラクションがある場合は実際の利用ユーザー)の消費行動(実際の移動手段に当てているコスト)を分析して市場規模を年齢や地域などの変数を調整して積み上げていきます。 

仮にSOMを数千億〜数兆円という規模で表記している場合は、さらに分解をすることで初期的に向き合う市場を具体化するべきかもしれません。資金調達時の対投資家説明において、SOMの規模が小さいことへの評価を心配されている起業家の方もいらっしゃるかと思いますが、多くの場合SOMの規模のみで「マーケットが小さい」と評価することはありません。

隣接セグメントを正しく捉えて事業の成長戦略と紐づけることができればかえって市場への解像度の高さを示すことが可能になります。

また、 TAM、SAM、SOMのフレームワークによる市場の整理は、当然ですが、資金調達時の対投資家説明をするためだけのものではなく、市場の構造を理解することにも繋がり、市場の登り方としての事業戦略・組織戦略を考えて行く上でも肝要となりえます。 

市場をさらに掘り下げるキーワードは「カネ・トキ・ヒト」 

新規性の高い事業を行う場合、一見すると市場規模の推定が難しいということもあるかもしれません。特に新しい消費者向けプロダクトなどは往々にしてやってみないとわからない、ということがありえます。ただこの場合でも、「カネ・トキ・ヒト」の観点から掘り下げてみることで多少なりとも合理的なヒントが得られるかもしれません。 

まず、カネ(=お金)の観点です。

想定している事業には当然収益モデルがあり、必ず誰かからカネ(=お金)を受け取ります。そのお金が自分の事業に対して支払われていなかった場合は、別のものへの支払いに使われていたでしょう。その”別のもの”とは何かを理解することで、自分の事業が対象とするお金の出どころを把握することに繋がります。

例えば、住宅向けの観葉植物の定期配送サービスを検討している場合、想定されるお金の出どころは日頃の観葉植物購入用のお財布だけではなく、アロマやその他家庭向けインテリアなど住環境を整えるためのお財布も含まれるかもしれません。お金の出所を理解することも適切な市場把握のためには重要です。 

次に、トキ(=時間)の観点です。

サービスの提供と引き換えにするものはお金だけではなく、時間も同様です。そのプロダクトを利用している時間は本来別のもので消費されています。

例えば新たなSNSを検討している場合、ユーザーの可処分時間を取り合っていますので競合はTwitterやInstagramだけではなく、読書やランニングなども含まれるかもしれません。そのサービスがどの時間を奪うものなのかという視点もお金の出どころ同様に重要になります。 

そして、ヒトの観点もやはり重要です。

当該顧客セグメントにヒト(=人)がどの程度存在していて、そこからどの程度のシェアを取ることができるのか、そして平均的にどの程度払ってくれるのか(或いは集まったヒトの数が第三者にとってどのくらいの価値を持つのか)を直接競合しないかもしれないプロダクトなどからでも類推することで、市場の規模感をつかむ材料になるかもしれません。 

まとめ 

今回は市場選定プロセスに必要な市場を評価する観点とその算出方法について考えてみました。市場を正しく捉えることが事業成長の一つの要であることは間違いありませんが、その見た目の規模だけで判断するのではなく、その成長性や参入機会も含めて評価することが重要です。 

魅力的な市場を見つけることは容易いことではありませんが、その過程で養われる市場に対する深い知見や洞察力は、事業を推進して行く上でもきっと役に立つ場面が来ると思います。本稿がスケールの大きい市場に挑戦しようとする起業家にとって少しでも参考になれば幸いです。 

次回は市場の攻略方法を考える上でキーとなる業界構造・KSFについて掘り下げて考えてみたいと思います。 

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著者について

増渕翔
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