スタートアップの業界攻略法:非連続な成長を遂げるスタートアップの「市場機会」とは?

スタートアップは往々にして既に存在する業界のどこかを入り口にしてプロダクトを開発し、顧客を獲得し、事業として成長していきます。

ここ10年前後で創業しもはや社会インフラと化しているUberやAirbnbも、既存のタクシー業界や旅行業界などの非効率や不にフォーカスを当ててプロダクトを開発し、多くの顧客を獲得して、業界のアップデートに大きく寄与しています。

そのため業界構造、すなわち「業界にはどんなプレーヤーがいて、そのパワーバランスはどうなっていて、何がきっかけで変わるのか」の仮説を持ち/アップデートしていくことが重要です。

本稿では、業界構造の理解がなぜ重要なのかと、その分析手法について筆者なりの解釈を記載しております。

なお、起業前のアイディア検証中の層、もしくは、シードからアーリー=プロダクトドリブンから事業ドリブンへの力点の移り変わりにトライしている層を中心読者として想定して話を進めていきます。

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目次:
1.業界構造の理解がなぜ重要か
2.スタートアップが捉えるべき業界構造=「業界構成要素の分解×Why now」
 a.業界構成要素の分解
 b.Why Now
3.業界構造の理解からエントリーポイントの探求及び山の登り方の仮説構築を行う
4.業界構造の理解からKSFを特定する
 a.将来の業界構造仮説からの逆算
 b.特定したKSFの構成要素を分解
おわりに

1.業界構造の理解がなぜ重要か

既に業界にプレーヤーがいること、そして一定のパワーバランスが決まっていることは必ずしもネガティブなことではありません。それは、市場が存在し、ポジショニング次第では大きな利潤が得られること(=市場が魅力的であること)の証明になります。

一方で、「その業界のプレーヤーが誰で、それぞれがどのような力学で動いているのか」を正しく理解しておかなければ、①エントリーポイントの探求、②山の登り方の仮説構築、③KSFの特定を間違った前提で行ってしまい、スケールの見込めないビジネスになってしまう可能性があります。

①エントリーポイントの探求

多くの業界にとって業界構造は硬直的なものではなく、主要プレーヤーの入れ替えやパワーバランスの変化が起こりますが、その構造は容易に変えられるものなのか、変えにくいものなのかは業界によって違います。

想定している事業アイディアが属する業界はそもそも構造上の変化を起こしやすいのか、否か。また、変化する・変化させられる可能性があるとするならば、どのような環境変化がきっかけとなるのかを見極めたうえで、参入機会(=「エントリーポイント」)を探る必要があります。

②山の登り方の仮説構築

また、魅力的な市場であれば、今後も大小様々なプレーヤーが参入し、将来的に同じ顧客を奪い合う構図が起きる可能性もあります。

そのため、将来競争環境が変化した際、利益は確保し続けられるのか、特定のプレーヤーが垂直統合してこないか、将来的に別の領域に事業を展開していった際、競合に勝てるのか、など様々な観点で将来の業界構造に関する予測を立てておく必要があります。

現時点の業界構造、及び、その中での競争環境を理解するだけでなく、将来的な競争環境がどのような状態になっているかを視野に入れたうえで、自社としてはどういったポジショニングを取るのか、勝ち抜く為のステップはいかなるものなのか(=「山の登り方」)について仮説を構築することで中長期的にスケールが可能なシナリオを描くことができます。

③KSFの特定

山の登り方の仮説が構築できると、結果として、業界攻略のために必要な事業要素(=「KSF」)を特定することができます。要素レベルで自社がアセット化すべき、ケイパビリティとして構築すべきものがわかり、具体的なアクションが自ずと決まっていきます。

2. スタートアップが捉えるべき業界構造=「業界構成要素の分解×Why now」

a.業界構成要素の分解

業界構造を整理する上でまず、当該業界がどのような要素で構成されているか分解していく必要があります。

あらゆる観点を捉えた分解になっているか確認するために便利なのが、経営分析のフレームワークです。ファイブフォース分析の他、SWOT分析やバリューチェーン分析、3C分析などが代表的です。

参入する/所属する業界の構成要素を多面的に捉えることで、自社の置かれているポジションについてより深い理解が得られます。今回はよく使われるファイブフォース分析を使用しながら解説していきます。

ファイブフォース分析

  • 売り手の交渉力
  • 買い手の交渉力
  • 業界内の競合
  • 新規参入の脅威
  • 代替品の脅威

ここで一般に横軸の「売り手の交渉力」と「買い手の交渉力」は「業界としての利潤確保のしやすさ」、縦軸の「業界内の競合」と「新規参入の脅威」「代替品の脅威」は「業界内での利益配分の取りやすさ」を示していると言えます。

言い換えると、ファイブフォース分析は①そもそも業界としてパイは大きいのか、②自社のポジショニングでそのパイのうちの十分な取り分は確保できるのかを考えるのに役立ちます。

フレームワークを使い、「業界にはどんなプレーヤーがいて、そのパワーバランスはどうなっているか」がわかると、スタートアップにとっては魅力的ではない業界構造に映るかもしれません。

いわゆるホワイトスペースがわかりやすく存在するなら既にそこを狙うプレーヤーがいるはずで、いないということはそこはホワイトスペースではない、又はとても到達するのが難しい可能性もあります。

しかし、例えばファイブフォースの各要素が芳しくないからこの市場は魅力的ではない、このポジショニングは妥当ではないと結論付けるのは時期尚早です。

b.Why Now

この一見難しい状況を解くカギになるのが、「なぜ、今市場に参入すべきなのか(=Why Now)」です。環境変化が起こる時にこそ、長年作り上げてきたビジネスモデルや組織構造に変化を起こしにくい既存のプレーヤーに対抗する機会ができるものです。

Why nowについては以前市場選定の記事でも紹介していますが、スタートアップにとって極めて重要な視点となるので、ここでも取り上げます。

業界構造の理解の中で重要なWhy nowの視点は以下のようなものです。

  • 社会的な変化(e.g. 法規制、世論、政策)
  • 価値観的な変化(e.g. 働き方、ニーズ、リテラシー)
  • 技術的な変化(e.g. デバイスシフト、通信環境、プラットフォーム、アルゴリズムの進化)

上記のようなドライバーによって生まれる変化は、例えばファイブフォースでいうと代替品の脅威が変わることかもしれないし、売り手の交渉力が変わることになるかもしれません。

3.業界構造の理解からエントリーポイントの探求及び山の登り方の仮説構築を行う

では、事例ベースで「業界構成要素の分解(ファイブフォース分析)×Why now」を当てはめながら①エントリーポイントの探求、②山の登り方の仮説構築をどのように行うか説明していきます。

無論、各業界構造についてファイブフォース分析だけでかなり深堀りが可能なため、説明に必要な要素にフォーカスして抽出します。

・TERASS

不動産売買仲介領域において、不動産エージェント向けにE2Eの業務効率化支援、及び、エージェントと家探しカスタマーのマッチングサービス「Agently」を提供するTERASSは好例です。

物件の紹介を主な提供価値とする不動産売買仲介業を対象にファイブフォース分析をすると、現状としては、物件保有者である売り手の交渉力が強く、買い手もポータルサイトの登場で自ら物件情報を保有していることから、仲介業としての付加価値はあまり出しにくい環境であることがわかります。

通常の不動産売買仲介業者として新規参入した場合、パイ自体は不動産マーケットの大きさからそれほど小さくないものの、付加価値の低下から利潤確保の観点で、拡大は見込みにくい状況と言えます。

また、業界慣習や免許制度で新規参入は一定のハードルがあるものの、財閥や地場の中堅を始めとしたプレーヤーが多数存在しており、業界内のパイの取り分も多くは望めません。

また仲介業の付加価値自体が低下している中で、更に店舗の固定費やアナログな手続業務の中で利益率が下がり、従業員(=エージェント)への労働分配率が低いものとなってしまっている現状も見えてくるでしょう。

しかしここで以下のようなWhy nowの要素が強く働きます。

  • ギグワーカーやリモートワークなど働き方の変化
  • 情報過多な社会になる中プロフェッショナルへのコンサルテーションニーズの変化(c.f. 転職、生命保険)
  • 重要事項説明のオンライン化・契約書面の電子契約化など、業務デジタル化に向けた法規制緩和

TERASSは、上記の働き方の変化・コンサルテーションニーズの変化・法規制緩和を踏まえ、独立して働きたい・ハイレベルなコンサルティングを提供できる個人の不動産エージェントに対して電子上で業務を支援し、精鋭エージェント組織を作ることで、店舗レス/デジタルベースのオペレーションを行う、というアプローチで市場へエントリーしています。

また、オペレーショナルエクセレンスの結果として、所属エージェントが高付加価値業務に専念でき、顧客の不動産購入体験を向上(=付加価値の向上)させることで、自社のポジショニングを確立しています。

さらに山の登り方を考える上では、大手の仲介業者が今後どのような戦略を取るのか、という観点や、不動産エージェントが独立することが一般的となった世界の中で、エージェントにとってどのような選択肢が生まれてくるのか等の観点で仮説を立てる必要があるでしょう。

4.業界構造の理解からKSFを特定する

業界構造の理解により①エントリーポイントの探求及び②山の登り方の仮説構築を行うと③KSF(Key Success Factor)の特定ができます。

前回の記事でも触れていますが、KSFとは、それを押さえた場合は業界攻略ができる(確率が飛躍的に高まる)事業要素のことを意味します。事例を交えて、KSFを特定する際の留意点について掘り下げていきます。

a. 将来の業界構造仮説からの逆算

現時点からn年後の業界攻略時の状態を思い描き、ゴール逆算型で、将来の競争環境下において自社が獲得しているべきアセットを明確にして、そのアセットの中でも特に重要だと認識し、戦略的に獲得しに行くべき事業要素としてKSFを特定します。

ここで重要なのは競争優位性の構築とアセット化の視点です。

ここまでの説明の通り、魅力的な市場では中長期的に競争環境が生じる可能性が高いです。

競合相手は、既存産業に挑戦する場合は大手のプレーヤーであったり、新規に市場を創造していく場合は大型調達をしている同じ領域のスタートアップであったりはたまた全く違う畑にいたメガベンチャーの新規事業かもしれません。

いずれにせよ資本力も戦略構築力もある、総合力の高いプレーヤーであることは間違いないでしょう。Winner takes allの市場でなかったとしても、そうした競合にリードを許してしまうと一気に市場のシェアを確保されてしまうこともあります。従って、競合優位性の構築はKSF特定の段階から考えておくべき視点です。

また競合優位性の構築に繋がる事業要素のキーワードがアセット化です。

例えば価格優位性のような要素である場合、競合がそれ以下の価格を設定してきたときに優位性でなくなってしまうフローの要素と言えます。

一方で、価格優位性が生じる要素として、オペレーショナルエクセレンスや圧倒的なデータ量に伴うアルゴリズムなどが存在している場合はアセットと考えて問題ないでしょう。

すなわち、アセット化とは、競争優位性の源泉になる仕組み、積み上げてきたものを指します。

変化が激しいスタートアップ環境だからこそ、現在よりも将来を見据えたKSFの特定が重要になります。

b. 特定したKSFの構成要素を分解

KSFは特定するだけではなく、それを具体的なアクションに落とし込むことが重要です。ここで行うべきはKSFの構成要素を分解することです。特定したKSFを構成要素に分解し、アクションに紐づくレイヤーまで複数の事業要素に分け、その事業要素を獲得するために自社が取るべき具体的なアクションに落とし込んでいきます。

ここではアクショナブルであることが重要で、例えばKSFがパブリックアフェアーズであると特定した場合は、各ステークホルダー別にあるべき状態を分解していくことで、それぞれに対するアクションが整理できることでしょう。

では事例ベースでKSFの特定について説明していきます。

・Doordash

競争環境の極めて激しいUS市場の中でも、資本力のあるプレーヤーが多くひしめくフードデリバリーの領域で、現時点で50%超のシェアを占めているDoordashを例にKSFの特定について説明していきます。

a. 将来の業界構造仮説からの逆算

フードデリバリーは飲食店、配達員、消費者の3者をマッチングするモデルです。Doordashがサービスを開始した2013年当初は、デリバリーに馴染みがない飲食店も多く、飲食店開拓が差別化要素になると考えたくなるものです。

しかしフードデリバリー市場が活発になった今、結果として競争優位は配送アルゴリズムになるのではないでしょうか。

なぜなら、3者ともに以下のようなメリットを提供できるためです。

  • 飲食店:売上増加に寄与(より多くの注文が受けられる)
  • 配送員:収入増加に寄与(特定時間内に多く配達できる)
  • 消費者:UXの向上(早く届く、食品が冷めない)

現に創業者のTony Xuは、創業当初から自社を物流会社と称していたほどで、KSFは「配送アルゴリズム」と理解していたのだと推察できます。

市場に存在する3者の中でのボトルネックから考えるのではなく、1歩引いた視点で、全てのプレーヤーのグロースに寄与する事業要素を特定していると言えます。

さらに戦略的なのは、地方郊外中心の展開を見据えていたことです。

中長期的にはフードデリバリー市場は主要都市のみならず地方都市まで広がることを想定し、郊外のパロアルトでサービス開始後、拡大のタイミングで主要都市であるサンフランシスコ中心部に展開する前に少し規模の小さい地方都市であるサンノゼに展開しています。

結果として現在もフードデリバリー市場が急成長している地方郊外で圧倒的なシェアを誇ったまま成長しています。

b. 特定したKSFの構成要素を分解

KSFを「地方郊外における配送アルゴリズムの構築」だと特定した上で、配送アルゴリズム(=購入検討開始から商品到着までの時間)を最適化するための要素について、以下のように分解できると考えます。

①消費者嗜好/需要の予測可能性
②飲食店の調理工程含めた効率化
③配送員手配の迅速化
④配送ルートの最適化

Doordashは上記4点について、消費者向けアプリにおけるレコメンデーション、飲食店業務効率化の為の情報発信及びタブレットの有料配布やPOSレジ連携による店舗オペレーション貢献、配送員向けアプリにおける配送員在庫及び需要予測や時刻などのデータに基づくマッチング改善など、具体的なアクションを取っていきました。

また配送アルゴリズムの最適化の観点からも、地方郊外に特化した展開戦略が寄与します。

例えば配送ルートに関しては、地方郊外では多くが主要な大通り沿いにレストランやオフィスがあり、周辺に住宅街も点在しているなど、地図の設計が類似しているという特徴があります。また、需要のピーク時間や配送員の点在度合いなど、都市部とは異なる特徴が存在し、地方郊外に特化した特徴量の収集が配送アルゴリズムの優位性を確立していると言えます。

成長後の今だからこそ上記のような答え合わせができるものの、業界攻略時から逆算して、KSFを地方郊外での配送アルゴリズムと特定し、具体的なアクションまで落とし込みながら競争優位性を構築していった好例ではないでしょうか。

おわりに

今回は、業界構造の理解を通じて、①エントリーポイントの探求②山の登り方の仮説構築③KSFの特定まで、事例を交えながら整理してみました。業界構造の理解は様々な切り口があるため、今回の分析はあくまでその1つとご理解ください。

しかし、業界構造の理解が足りないことで、「早いうちから競合優位性を作ることなくユーザー獲得を優先した結果、レッドオーシャン化した際に競合に打ち負けてしまう」、「事業規模が拡大する中で成立すると考えていたユニットエコノミクスが、強い買い手の交渉力に守られたままで改善していかない」など、後戻り出来ない状況にに追い込まれてしまう可能性もあります。

本記事をきっかけに、アイディア検証中であっても、既にアーリーステージに向けた成長フェーズであっても、何かヒントになるものが見つかっていたら嬉しく思います。

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著者について

磯田将太
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