スタートアップの成長戦略:飛躍的な成長を目指すための「スケール」とは?

うまく立ち上がり、初期的なトラクションが見え始めたとしても、必ずしもそのスタートアップが継続的に成長(スケール)していけるとは限りません。
継続的な成長には、対象とする市場の規模が十分であり、顧客属性の拡大に応じて適切にプロダクトを進化させ、顧客数の増加に対して品質を落とさずに十分なオペレーションを回せる組織を構築した上で、競合との争いにも勝っていくことが求められます。

本稿では、スタートアップが実験的に価値検証を行った市場からメインストリーム市場へと戦場を移していく(つまり、スケールしていく)上で事前に理解しておくべき項目について解説しています。

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目次:
1.スケールのタイミングとその必要な準備
2.どのようにキャズムを乗り越えるか
3.オペレーションや組織を刷新する
4.競争に競り勝つ
5.おわりに

1.スケールのタイミングとその必要な準備

飛躍的に成長する事業には、スケーラビリティが備わっています。スケーラビリティの有無の判断については、「非連続な成長を遂げるスタートアップの「市場機会」とは?(顧客課題市場規模経営チーム)」の3本の記事を参照ください。

いざスケールに着手するのは、いわゆる「PMF」が実現したタイミング以降です。具体的には、初期的なセグメントに対するサービス提供が熱狂的に支持されており、スケーラビリティに対する見立ても具体化されており、かつ、ユニットエコノミクスの整合が取れている状態からスケールに着手するのが理想的です。
ユニットエコノミクスの整合が取れていない段階でスケールに着手してしまうと、いわゆる穴の開いたバケツに水を入れる状態になってしまい、利益を上げることが困難になってします。
しかし、ここで誤解してはいけないのはユニットエコノミクスの整合性は必要条件であって、十分条件ではないということです。

実際にスケールを成功させるに当たっては、キャズム越え(適切な市場の拡大)、急速な成長を支える組織の構築、競合とのシェア争いなど、いくつかの障壁が存在しています。いずれの項目も、一朝一夕で打ち手の方向性が固まるものではありませんし、打ち手の実行には半年から数年を要するのが一般的です。
したがって、アーリーステージの段階からこれらの項目について仮説を持ち、スケールに向けてしっかりとした準備を行う必要があります。

2.どのようにキャズムを乗り越えるか

初期的なセグメントだけで十分な市場規模が担保されているケースは稀です。事業を成長させ続けることを前提とした場合、ターゲットとするセグメントを拡大していくことが求められます。そして、セグメントの拡大に際しては、いわゆる「キャズム」を乗り越えていく必要があります。

プロダクトの提供対象と需要量に変化を示すテクノロジーライフサイクルというグラフがあります。このグラフでは、初期的なセグメント(イノベーター・アーリーアダプター)とそれ以降のセグメントとの間には超えなければいけない深い溝が存在していると表されています。この深い溝が「キャズム」と呼ばれているものです。

キャズムは、対象セグメント毎にニーズが異なっていることにより発生しています。具体的には、初期的セグメントとそれ以降のセグメントとの間での必要機能が異なること、適切なプライシング(予算規模)が異なること、プロダクトに新規性を求めているのか信頼性を求めているのかが異なります。このような非連続性を乗り越えるにあたって参考になるのがホールプロダクト理論です。

ホールプロダクト理論とは、対象セグメントの拡大に伴うプロダクトの発展を4段階に示した理論です。すなわち、プロダクトの発展は、①コアプロダクト(初期的に提供するプロダクト)、②期待プロダクト(顧客が期待している価値)、③拡張プロダクト(顧客が満足する付加価値)、④理想プロダクト(顧客の期待を超えた完成形)の4段階で進み、初期セグメントにおいてはコアプロダクトの検証、アーリーマジョリティ以降に対しては期待プロダクト・拡張プロダクトの検証が必要だとするものです。

ここで重要となるのは、既存のコアプロダクトが、想定しているアーリーマジョリティに対しても同様に付加価値を提供できるかどうかです。コアプロダクトはセグメントの拡大に関わらず強力な付加価値を提供できるものである必要があります。別の角度から表現すると、本質的なペインが共通する範囲においてスケールが可能なのであり、コアプロダクトはその継続的な成長を下支えするものになるということです。

一方で、アーリーマジョリティはコアプロダクトだけでは満たされないニーズも抱えています。それをカバーするのが期待プロダクト及び拡張プロダクトです。対象セグメントの拡張に伴うニーズの拡大やその性質的な変化を適切に把握して、追加機能の開発(例えば、セキュリティ、権限一括管理、他社プロダクトやオンプレ基幹システムとのAPI接続、ホワイトレーベル化など)や、カスタマーサクセスの拡充、プロフェッショナルサービスの提供などに取り組んでいく必要があります。

例えば、ニュースアプリが対象セグメントとして女性層への拡大を目指して飲食店などのクーポンを発行することがありますが、コアプロダクトはあくまでニュースの網羅性や即時性、個別最適化であり、クーポン機能自体がニュース機能と立場が入れ替わることはありません。これはクーポン機能を否定しているのではありません。あくまで顧客が求めていることに対してコアプロダクト(ニュース機能)が機能しているからこそ、拡張プロダクト(クーポン機能)として付加価値として顧客に満足されることに繋がります。
現在向き合っている顧客に対するコアプロダクトが立脚できているかどうかは適宜確認する必要があります。

3.オペレーションや組織を刷新する

上記に紹介したプロダクト拡張を行い、新しいセグメントにおいて顧客数を加速度的に積み上げていくためには、オペレーションや組織のアップデートは避けて通れません。

プロダクト拡張を行い、ホールプロダクトを完成させるという切り口においては、エンジニアリング体制の強化、プロダクト連携・事業提携の強化、プロフェッショナルサービス組織の立ち上げなどが求められます。

営業やマーケティング手法も変化します。アーリーマジョリティは革新性よりも信頼性を重視する傾向があるため、信頼性が伝わるようなマーケティング手法、チャネルの開拓・維持、営業チームの組成が求められます。

顧客数の積み上げにあたっては、オンボーディングやカスタマーサクセスの再現性・安定性の確立に向けた組織化が求められます。加えて、アーリーマジョリティの顧客が多く流入することから、その内容や品質にも変化が必要になります。

こういった組織構築は、責任者の募集・採用・入社、そしてチームの組成までを考えると、最小限の体制を整えるだけでも少なくとも6か月を要し、数年かけて組織を仕上げていくことになります。そのため、上記の要素について、スケールに着手する手前の段階において部分的に検証が済んでいることが理想的ですし、速やかに組織アップデートに着手するためにも、少なくとも必要となる人材像や構築すべき組織やオペレーションについての仮説を持っておくことが求められます。とりわけ、競合とのシェア争いが激しい業界においては、速やかな組織アップデートができるか否かが勝敗を決します。

4.競争に競り勝つ

メインストリーム市場には常に競合が存在しています。競合の存在は目に見えて明らかなものから潜在顧客企業の内部(機能的に代替している部署や仕組み)といった影に身を潜める形ものまで多様です。適切な競合を把握し、健全に争うことにより市場をより成熟させていくことが可能になります。

市場が成熟するということは、顧客がサービスに対して適応し、さらに付加価値を求めてくるということです。新たな需要に対して応える余地が生まれ、それは事業機会となり成長に寄与します。

競合の存在自体は悪いことではありません。特にエンタープライズでは、契約稟議にあたって相見積もりの取得が必須な場合もあり、競合がいなければ検討が進みにくくなります。競争があることによって顧客は適切なプロダクトを選ぶことが可能となり、結果として事業がスケールしやすくなるという側面もあります。

しかし、シェア争いはスピード勝負であり、特にチャーンが発生しにくい、スイッチングコストが高いプロダクトにかかわる事業に関しては、アカウントの開拓とオンボーディングだけで大方の勝負が決してしまう可能性もあります。

こういったスピード勝負の世界においては、前述のとおり速やかな組織アップデート・拡大を成功させられるかどうかが重要です。マネージャークラスのみならず、CXOの採用も必要になるケースもあります。CXOの補完については、「スタートアップの経営チーム:非連続な成長ステージを駆け上がるスタートアップの「経営チーム」とは?」を参照ください。

また、市場のKSF(Key Success Factor)と事業のグロースドライバーを特定して、そこに効率的にリソースを投下していく必要があります。KSF・グロースドライバーについては過去の記事でも説明しておりますので、ぜひご参照ください。

5.おわりに

いわゆる「0→1」と「1→10」、そして「10→100」には、明確な非連続性があります。「0→1」のプロダクトを開発し、トラクションを生み出すことは非常に難しいことで、それ自体大きな成功です。
一方で、その先の成長の実現(スケール)も、非常に難度の高い、そしてそれまでとは性質の異なる新たな挑戦となります。スケールという新たな挑戦に向けて、事前の心構えや準備に本稿を役立てていただければ幸いです。

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著者について

増渕翔
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